映画館はそこそこ混んでいた。
指定席を一列確保して、智也の隣には哲平がいた。
ポップコーンとジュースはやっぱり映画の定番で、宮下は映画が始まる前からぼりぼりやっていた。
ブザーが鳴って照明が落とされて長い宣伝の後、映画は始まった。
ヒロインである主人公と主人公を好きな男が再会するところから映画は始まる。
流れていく画面を見ながら、智也は哲平の気配を感じていた。小さくもらす息やゆっくりとポッポコーンを運ぶ手、暗い中では周りを気にする必要は無かった。 自分の世界にひたっていられた。
なのに。
「りょうへいっ」
主人公が呼んだ名前に、智也ははっと現実に引き戻された。
砂浜を走る回想シーンで、事故死した主人公の元恋人がでてきたところだった。
ただ同じ名前というだけだった。なのに、智也は主人公より相手役よりその元恋人が気になった。
実際にでてきたのは回想シーンの三回ほど。その場面の方が本編より印象に残った。
結局、主人公は前前からその相手役を好きだったというオチで、最後全てを告白するためにその男の元へ行く途中主人公も事故にあった。病院へかけつけたその 男の腕の中で、ほっとしたような微笑みの中、主人公は息絶えた。
すすり泣く声が所々から聞こえた。
途中から、哲平の手が止まっていた。周りは感動しているようなのに、智也は釈然としない気持ちだった。元恋人は裏切られていたわけだ。他のやつが好きなく せに恋人として振舞っていた。
エンドロールが終わって照明がつけられるまで、ざわめきはなく席を立つ人もいなかった。

「ラスト、かわいそうだったよなあ」
映画の後立ち寄ったファーストフード店で、日野がパンフレットを握り締めていた。
映画を見る前は別に興味がなかった主人公に智也は嫌悪感を感じていた。
「自業自得だよ」
ぼそっと出てしまった言葉に、集まった視線を感じた。
「珍しいな、お前がそんなこと言うの」
哲平が不思議そうに見てくる。
「だって、嘘ついてたわけだろ」
好きでもないやつの恋人のふりをしていた。
「しょうがないだろ。あん時は気持ちが分からなかったんだし、相手強引だったし」
日野がファンらしく庇う。
それが理由になるのかと思ったけれど、智也はその後は何も言わなかった。ただ彼女は演じていただけだ。

「お前、なんか変わったよな」
帰りに哲平がぽつんと言った。
「え? どこが? 」
他人の目に自分がどう映っているのかは分からない。
「ん――――」
哲平が考えるように視線を彷徨わせる。
「なんとなく」
消化不良のように顔を歪ませた。
「そっかな……」
智也は軽く相槌を打って話を終わらせた。
なんとなく――――そんな答えでよかったと思う。
以前は哲平の隣にいるだけで嬉しくて、楽しくて、いつも笑っていられた。だけど、今は違う。
笑えない。笑おうとすると顔がひきつっていくのが分かるから、途中でやめてしまう。笑顔の作り方を忘れてしまっていた。


日一日と寒さが厳しくなっていく。制服も上着の中にセーターを着る季節になった。
移動教室で生物室へ行く途中、智也は隣を歩きながら自分を見ていると感じた哲平の視線が気になった。
「何? 」
「元気? 」
哲平に突然訊かれて、智也は首を傾げた。
「え、うん」
最近学校を休んでもいなければ、体調不良を訴えたこともない。
「なんで? 」
続けて哲平に問いかけた。
突然の質問が、あまりに意外だった。
「いやさ、兄貴が俺の顔見るとお前のことどうしてる? って聞くからさ。元気か?って」
「え? 」
「相談にのった経緯があるから、気にしてるみたいなんだよね。もういないんだろ? 変なやつ」
「うん」
それは本人が一番分かってることのはずだった。
「まあ、ちょっと衝撃だったけどな、男のストーカーなんて」
「うん」
頷いて、智也は顔を伏せた。
それも、相手が哲平の兄さんなんだから衝撃なんてもんじゃなかった。
「また変なやつがいたら、いつでも相談にのるから、ちゃんと言えよ」
もう、あんなことはあって欲しくない。
「ん。哲平、ありがとう。あの時はすごく助かった」
智也が哲平を見上げると、哲平が照れくさそうに笑った。
好きな笑顔だった。哲平が笑いかけてくれたら、自然に顔が緩んでしまった。なのに、今は哲平の笑顔が遠い。
関係が切れても終わりになったわけじゃないと思った。全てを忘れてやっと終わりにできるのだと思う。
生活は元のものに戻っても、自分は元には戻れない。哲平を好きだった気持ちさえ、どこか変わってしまった。
楽しくて毎日が楽しくて哲平に会えたら嬉しくて、そんな日々も遠く感じた。
全てあいつが悪いんだと思う。
けれど、文句も言えなければ、文句を言ったところで元に戻れはしない。
日々を重ねたら、忘れていくかと思っていた。
なのに、もう二度と関わりあうこともないはずなのに、ふとした時にあいつはひっこり顔を出して存在をアピールする。

公園で呼ばれている子供の名前や、コンビニの店員のネームプレートや、哲平の声にも。
――――忘れたいのに
記憶は意志に関係なく存在した。

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