本当に約束は守ってもらえるのだろうか?
本当に哲平には言わないでくれるのだろうか?
考えても仕方のないことではあっても、智也の胸から不安は消えなかった。

遼平が終わりにすると携帯にかけてきた次の日、塾が終わった後いつもの場所に遼平の車は止まっていなかった。まるでそこだけ空間が切り取られてしまってい るようで、智也の目には周りの風景と馴染んでいないように見えた。
肩をぽんと叩かれて、智也がはっとして振り返ると、目の前に哲平の笑顔があった。
「よっ!」
明るく声をかけられて、智也はすぐには言葉がでてこなかった。
「何?どうした? いるのか例のやつ。どれ? 」
哲平が周りをきょろきょろする。
「ううん。いない」
答えながら、智也はかぶりを振った。もう、きっと、待ち伏せするなんてことはないだろうと思った。
哲平は普段と変わりなくて、だからきっと何も聞いていなくて、遼平は約束を守ってくれたのだと思う。
「そっか。今までは毎週だったんだろ? なんかやばいと察知でもしたんかね」
「ん、そうかもしれない」
智也は答えると視線を伏せた。
自分から身を引いたとしか思えなかった。いくらでも他に言い方はあったはずだ。
「じゃあ、昼飯でも食いにいこうか。兄さんがこずかいくれたんだ」
「こずかい? 」
はっとして哲平を見上げると、哲平は口元を緩め親指をたてていた。
「ショックだっただろうから、何かうまいもんでも食わせてやれって」
たぶん、財布が入っているのだろうジーンズのポケットをたたく。
なんのつもりだよ、そう思いながら智也はまた顔を伏せた。
慰謝料のつもりなんだろうか、とふと思った。
そんな金いらない――――そう叫びたかったけれど、往来の真中で、哲平に向かってそんなことは言えなかった。

好きだと何度も言われた。
その言葉は信じられなくて、単なるピロートークだと思っていた。
気遣ってくれていると感じてはいた。
けれど、犯罪まがいのことをしているのだから、保身があったのだろうと思っていた。
警察になんかつきだせるわけがない。哲平の兄なのだから。
――――これも、保身のため?
そんなものはいらないはずだ。
しっかり弱みは握っていて、何もできないことは分かっているだろう。そう思う。

「哲平はこれから授業があるだろ? 」
智也の口から出たのは断りに近いものだった。
 残念なことに、塾では同じクラスになることはできなくて、智也は午前、哲平は午後に振り分けられている。
遼平の行為を素直に受け入れたくない気持ちが智也にはあった。
「だから、それまでな。今からだとホント飯食べるだけだな」
哲平が時計を見る。
早く行こうと促されて、仕方なく智也は哲平の後について行った。

「今日、お兄さんは? 」
歩きながら智也は哲平に声をかけた。
聞く必要もないけれど、なんとなく気になった。
「ん、なんかさ。サークルに行くって出ていった。いつもは彼女とデートらしかったのに、また振られたのかな」
哲平が暢気に言う。
それは智也には、単に時間の潰し方が変わったというだけにしか思えなかった。
突っ込んでお終いにする気はないと言っていたけれど、一度やってしまえばそれで満足したのかもしれない。優しかったけれど、もう飽きていてお払い箱に するちょうどいいきっかけになったのかもしれない。
だいだい、言葉もろくに交わしてないのに、好きだと言うような人だ。きっかけがあればこれ幸いと誰とでも寝ちゃうんじゃないかと思える。
3パーセント未満どころか、誤差程度の違いもないなんて言っていたけれど、よってくる女は山ほどいるのに、断ったことしかない哲平とは全然違う。
騙して好きなようにするなんて、哲平なら絶対やらないことをする人だ。
だけど、これほどあっけなく終わりにできるなら、もっと早く哲平に相談すればよかったのかもしれない。
哲平の横顔を見ながら智也の頭の中にそんな考えが流れていく。
けれど、相談なんてできなかった。
過去のことを言っても仕方がない。時間は戻せない。もう二度と会うことのない人だ。安い慰謝料だとは思うけど、これで忘れることが一番いいのだと、智也は 自 分を納得させようとした。


やっぱり、行くのはファミレスしかなくて。
「何食べる? 」
哲平に渡されたメニューを受け取りながら、先週向かいに座っていたのは、あの人だったと智也は思った。

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