どこか話ができるところと言って、一番無難なのはファミレスだと遼平は思った。男二人が公園のベンチで話しこんでいたら、なんか不気味だ。
ファミレスの店内はどこでも似たようなものだ。この間と同じく向かいあって、違うのは智也の横に哲平がいないことだった。
店内はそれほど混んでいなくて、両脇のテーブルは空いていた。
「いいよ。好きなもの頼んで」
遼平がメニューを渡しながら言うと、智也は一応メニューは取ったものの良い顔はしなかった。
「でも……」
ためらうように視線を伏せる。
「俺が用事があるんだから。遠慮しなくていいよ」
「でも、この間もおごってもらったのに……」
手に取ったメニューを開こうともしない。
「じゃあ、俺が頼んじゃうよ。何か食べられないものある? 」
「あ、いえ、別にないですけど……、でも」
どこか煮え切らない。まあ、はっきり言って、迷惑なんだろうと遼平は思った。
「じゃあ、軽いものにしておこう」
こいつは食べないんだと、哲平は言っていた。この間は頼んだパスタの半分くらいが哲平の腹に入ったんじゃないかと思う。
智也にサンドイッチとドリンクバーを頼み、遼平はこの間智也が頼んだキャベツとホタテの塩味パスタにした。
「話って、なんですか? 」
オーダーが終わった後で、智也が聞いてくる。
「まあ、いいじゃん。食べ終わった後で」
遼平は袋をちぎってオシボリをだすと手を拭いた。
笑顔を見たかったのに、それは無理らしいと悟った。
相手が身を堅くしているのが分かるから、軽いのりで話をするような雰囲気じゃない。
遼平が食べ終わったとき、智也の前のサンドイッチはまだ半分ほど残っていた。
「食べないの? 」
遠慮しているのか、本当に食べられないのかが分からない。
「話の後で――――」
智也はそう言った。
友達のそれも好きなやつの兄が何の話があるのか、気になるのかもしれない。何か話をしなくてはいけなくなって。
「この間、家に電話してきただろ? 」
思いつくのは、それだけだった。
さっと智也の顔色が変わった。
「あ、哲平は一人だ、って……」
智也は困ったように眉を寄せ、口の中でもごもごするように言う。
「あれ、俺だったんだ」
「あ――――」
目を見開いた智也が固まった。信じられないものを見るように遼平を見る。瞳は小さく揺れていた。
「別に、だまそうと思ってたんじゃなくて、つい癖でさ。声がよく似てるって言われて、電話だと間違えられることが多くて、面倒だからそのまま話をあわせる
こともあってさ」
だいたい、友達からの電話は携帯電話にかかるもんだと思っていた。
「黙ってるのも、なんか悪いかなと思って」
本当はそんなこと思っていなかった。忘れようと思っていたことだ。
「あ、じゃ、哲平は……」
智也が顔を歪め、視線を伏せる。
「あの電話のことは知らない」
遼平はこれからも、哲平に知らせるつもりはなかった。
「あ……」
智也が小さく頭を揺らせ、視線を彷徨わせる。
「嫌なら、話さないよ? 」
ふっと止まった瞳が救いのように見上げてきた。
「どうせ、あいつはノーマルだし」
それは本当だ。
「だから、俺と付き合わない? 」
遼平の言葉に智也が少し口をあけ、眉をよせる。
「哲平には言わないから」
言いながら、遼平の良心がちくっと痛んだ。これって、脅迫ってやつじゃないか?
そう思いながら、出した言葉を戻すことはできなかった。もう、智也の耳に届いて、あからさまに分かるほどの不快感を智也は顔に表していた。
「知られたくないんだろ? 」
言葉は止まらなかった。もう、後には引けなかった。
「本当に、黙っていてくれるんですか? 」
下を向いて、答えた智也の声は震えていた。
「ああ、約束するよ」
もし、嫌だと断られても言えやしない。
「絶対ですよ」
震えているくせに、声に力があった。
「ああ、もちろんだよ」
最初からそんな気はない。
気になるやつを困らせて楽しいのか?
頭の片隅で残っていたらしい良心が苦言を呈する。
「知ってるか? 」
遼平がかけた言葉に智也が顔をあげた。
「人間とチンパンジーのDNA配列の違いは3.9パーセントで、遺伝子レベルだと1.23パーセントしか変わらないんだぜ」
智也は途端にきょとんとした顔をした。突然何を言い出すんだこの人は、といった感じだ。
「同じ人間ってだけで、差なんてほとんどないんだ。まして、俺と哲平は親が同じなんだから、誤差範囲だよ」
こんな言葉が智也への慰めになるとは思わない。けれど、自分への言い訳にはなった。
どうせ哲平は振り向いてなんかくれない。似たようなもので我慢しとけよというつもりだった。
「早速、週末に映画でも見に行かないか? 」
今のうちに約束を取り付けておきたかった。後で、電話とか言ったら、あれこれ理由をつけられて逃げられそうな気がする。
良心と戦いながら、やっと手にしたチャンスだ。
「土曜日の午前中は塾があるから」
智也が視線を落とす。
「午後でいいよ」
じゃあ無理かな、なんてことは言わない。勉強見てやろうか、と言ってもいい。幸い家庭教師の公告が貼れる大学に通っていたりする。
「でも、映画は……」
「じゃあ、何がいい? 希望にあわせるよ」
言いながら必死だな、と遼平は自分を笑いたくなった。自分より年下のやつを脅してでも手に入れたいなんて思ったのは初めてだった。
「海が……見たい」
智也は呟くようにぽつりと言った。
――――え?
「いいよ。連れてってやるよ」
遼平は喉をごくりと鳴らした。
棚から牡丹餅どころか、2800円の伊勢海老ラーメンに箸をのせて目の前に突き出されたような気がした。