世の中は思い通りにはならない。
そして、自分さえ思い通りにならない。
駅の改札から少し離れた反対側の壁にもたれながら、遼平はそう思った。
衝撃的な電話から一週間が経った。
あの時、とんでもまずいものになってしまったラーメンは、いい匂いをさせながら向かいでスパ○を頬張る哲平を横目に完食した。自分ももったいないおばけは
怖いらしい。
そして、忘れてしまえば何のことはない。
だいたい、自分にはさっぱり関係ない。
忘れようと思ったものが、必要以上に心を支配していた。
実際聞いたときはすぐどっかへ飛んでいって霞んでしまったような声が、時間が経つにつれ現実感を増してきた。
あんな切なそうな告白なんてされたことあったけ? と思わず自分の経験に照らし合わせてしまった。
『彼女いないんでしょ。付き合おうよ』
なんて言いながら腕をからめてきたのが、ついこの間まで付き合っていた彼女で、半年ほど続いたけれど振られた。好きな人ができたと突然あっけらかんと告げ
られて、その時はショックよりも驚きが勝った。
だから、あの日は、あんなに早く家にいたわけだ。
バイトの休日は彼女と過ごす時間だったのに、その相手がいなくなってしまったから。
まっすぐ家に帰ってきたあたり、やっぱりショックを引きずっていたのかもしれない。
けれど、その後の電話の方が衝撃度が強かったわけで。
彼女もいなくて、暇だから、なんとはなしに思い出してしまう。そして、忘れられない。
どんなやつなんだろう。
そんな好奇心が顔を覗かせる。ひとごとだから、けっこう暢気だ。
けれど、知る手がかりはひとつもなかった。
家の電話にかけてくるあたり、携帯の番号を知らないのかもしれない。とすると、それほど仲が良いわけじゃないかもしれない。なのに、口調からは親しげな感
じがした。
ということで出した結論は、駅での待ち伏せだった。
一緒にたむろっているやつの中にいるんじゃないか、と微かな期待の中で行動してしまうほど、遼平は精神的に暇だった。
帰ってくる時間なんて分からないから、かれこれ一時間ほど待っていた。
正面にある売店のおばちゃんが時々ちらっと見てくる。
待ちぼうけなのかしら、かわいそうに。なんて心の声が聞こえてきそうな気がした。
早く来いよと思う反面、待ちぼうけの方がいいかもしんないとも思う。
知らない方が幸せ、なんてことは結構多い。
ざわざわとした声が階段をあがってきて、ふと顔を向けると、よく知った顔をその中で見つけた。頭がひょこっとでているから分かりやすい。同じ親から生まれ
たのが不思議なやつが視線の先にいた。五、六人の団体で歩いていたやつらは、改札の脇で立ち止まった。
他人の迷惑だろ、と遼平は兄として注意してやりたくなったのをぐっと堪えた。見つかったらややこしい。
この中にいるんだろうかと眺めてみて、遼平は一人のやつに視線が止まった。
哲平にこずかれて、あふれんばかりの笑顔を振り撒く。
こいつが違っていたら、詐欺だな、と思った。
何を思ったのか、哲平が遼平の方へ顔を向けた。
まずっ。そう思った時には遅くて、しっかり見られていた。怪訝そうな顔を見せた遼平は回りのやつに、声をかけると遼平の方へ歩いてくる。一緒にいた仲間ら
しきやつらはそれぞればらけていった。
逃げるわけにはいかなかった。
「何やってんの? 」
向かいあった哲平が首を傾げる。
まあ、それは順当な質問だろうと思った。
何気なさそうに時計を見た。
「もう、来ないかな」
ぼそっと呟く。
「何? 彼女と待ち合わせ? 」
哲平がにやっと笑った。
「暇になったから、なんか食べに行くか? おごってやるよ」
それは、咄嗟の思いつきだった。
「え、何、ほんと? やりっ」
哲平が胸の前で拳を握り締める。
何食べるつもりだ? とちょっと不安になったが後にも引けない。
「あいつも、呼んでいいよ」
改札から出てくる人に邪魔されて改札に入れないような素振りをしながらこっちをちらちら見ているやつを指さした。あふれんばかりの笑顔を振り撒いたあいつ
だ。どうせ奢るなら、何か面白みがあった方がいい。
「あいつ? 」
後ろを振り向いた哲平が「あっ」と小さな声をあげた。
こちらをちらちら見て、余所見していたせいだろう。ちょうど走ってきたやつとぶつかりそうになって、避けた拍子に改札の脇の壁にぶつかっていた。少し顔を
歪めて、でも、哲平の方を見て、哲平に見られていた
と知ると、頭へ手をやって、照れくさそうに笑う。
「あいつ、鈍くさいから……」
捨て台詞のように残し、哲平はそいつの元へ走っていった。
天然なのか、柔らかそうな栗色の髪が波打っていた。白い肌に幼く見える顔立ちが印象的だった。哲平が近寄ると、また、あふれんばかりの笑顔を見せる。
気がつかないのか?
疑問に思った。
いくら男同士だからって、ちょっとは疑ってみないのか?
そういえば――――。
遼平は思い出した。
バレンタインでもらってきた、きれいにデコレーションされたチョコレートケーキを見て哲平は、「あいつ、よっぽど暇だったんだな」と言った。
幼いときから極上の好意ってものを当たり前に受け取っているから、それが自分に対して特別にやってくれたものだとは思わないらしい。
ブランドもののチョコなら、お金余ってんだな、とか、普通の板チョコなら、こずかいピンチなんだな、とか、自分に対する愛情の差だってことはあまり頭にな
いようだった。
今も、こいつは自分にだけにこうなんだとか思わず、こういうやつなんだ、と思っているに違いない。
「鈍感だったよな、昔から」
遼平はぼそっと呟いた。