デールの言葉に陸は頷くことも頭を振ることもできなかった。
「陸……俺は思うんだけど」
デールの手が陸の髪をすくように頭を撫でる。
「ノインと陸のように、そっちの世界にも俺がいるんじゃないかな」
「え?」
思いもかけないことを言われて、陸は顔をあげてデールを見た。
「お前には、俺が都合の良いことを言ってるように聞こえるかもしれないけど、俺から見れば、ノインも陸も同じだ。正直、どっちも選べないよ。陸もノインも 大事だ。だけど、俺は一人で二人を受け止めることはできない」
「選べないから、僕に帰れって言うの?」
陸は瞳が滲んできてデールの顔が揺れているように見えた。
「違うよ、陸。きっと、俺なんかよりお前に相応しいやつがいるはずだよ」
「嫌だ、デールがいい……」
「陸」
デールが困ったような顔をした。困らせていることは分かっていた。けれど、今まで我慢して我慢して我慢していたのは、デー ルと居た かったからだった。自分は一番じゃなくてもいい、短い時間でもいい、笑いかけて抱きしめて欲しいだけのためにずっと自分の気持ちを抑えてきた。けれど、今 は それさえも失いかけている。

「……ん」
ノインの声が聞こえて、陸はびくっと体が震えた。
デールが陸をクロゼットの前に残して、ノインに近づいた。
ゆっくりと目を開いたノインがデールを見て笑った。
「デール」
「俺が分かるのか?」
デールがベッドの脇に座ってノインの手を握る。
「なんで? 僕がデールを忘れるわけないよ」
デールが握った手にノインが手を添える。
「そうか……よかった」
デールの声が震えているように聞こえた。
「あの子は誰?」
ノインの視線は陸に向けられていた。デールが陸を見て小さく頭をふる。
分からない? 
それはデールが言っていた思考力以外のものなのだろうと陸は思った。記憶に抜けているものがあるらしい。
「あの子は陸って言うんだ」
「ふーん」
興味なさそうに言うと、ノインはすぐにデールに顔を向けた。
「デール、もっと傍に来て。なんだか体が重くて動かないんだ。デールに抱きつきたいのに、思うように体が動いてくれない」
「ああ」
デールがノインに背中へ腕を差し入れてノインを抱き寄せる。
「ん……デールの肌、気持ちよくて好き」
ノインがくすくす笑う。
「ノイン――――」
デールが呼ぶと、
「それは誰?」
ノインが不思議そうに言った。
「お前の名前だよ」
デールがノインの背中を撫でながら言うと、ノインはきょとんとした顔をして遠くを見るように視線を宙へ向けた。
「そうだっけ?……そうだったかも」
暢気そうに言うと、笑ってデールの背中へ腕を回す。
自分の名前さえ?
それでも、デールのことは覚えていた。
「ノイン」
デールはノインの両肩に手を置いて体を離すようにした。
「何?」
今度はノインは答えた。
「陸を家へ返してあげなきゃいけないんだ」
「ん」
「だから、少し待っていてくれるか?」
「待つ?」
ノインが首を傾げる。
「ああ。ここで俺が戻ってくるまで大人しくしていてくれるか?」
「どこかへ行くの?」
ノインが眉根を寄せ悲しそうな顔をした。
「すぐ近くだよ。実験室に行くだけだ。陸を家へ返したらすぐに戻ってくるよ」
「嫌だっ!」
デールを抑えるようにノインはデールの背中へ腕を回した。
「嫌だっ。置いていかないでっ」
かぶりを振るようにしてノインが叫ぶ。
「ノイン」
「嫌だ、デール。どこへも行っちゃ嫌だ。絶対もう離さない。僕の傍にいて」
デールには何も言わせないかのようにノインが叫んでいた。
それはノインがいつも思っていたことなのだろうと陸は思った。
言えずに心の中にしまっていた言葉をやっと言えるようになったのだと思った。
「嫌だよ僕は――――ん……」
止まらないように思えたノインの言葉を、デールは唇を塞ぐことで止めた。
目の前で好きな人は他の人を抱いていた。胸が痛くなって陸は視界がぼやけてきた。けれど、デールは一人しかいない。二人で分け合うことはできな い。

「分かったから、置いていかないから、だから、大人しくして」
唇を離したデールが諦めたようにノインに言った。
それでも離さないというようにノインの腕はデールの背中にしがみついていた。
「とりあえず、服を着させてくれ」
デールがノインの顔を覗き込む。
「置いていかない?」
「ああ」
デールが頷くと、ノインはためらいながらもデールを離した。
陸はただクローゼットの前で立ち尽くしていた。立っていることさえやっとだった。
デールはノインを静かにベッドへ降ろすと、陸に近づいてくる。クローゼットの中からシャツを出して羽織ると、ボタンを留め始めた。
「どうしても、帰るのは嫌か?」
視線を伏せたまま、デールが言葉にしたことは自分への問いかけだと陸は思った。
「僕、帰るよ」
ノインにはデールが必要で、デールが言った通り帰ることが一番良いのだと陸も思った。
「そうか……」
デールが安堵したような声を出した。
「きっと向こうにもデールはいるよね」
「ああ、きっと……俺はこっちからお前の幸せを祈ってるよ」
「うん……忘れないでね」
少しの間だったけれど、初めて好きになった人だった。
「忘れないよ、陸」

「何、話しているの?」
背後からノインの声がした。
声の方へ視線を向けると、ノインが不安そうな顔をして体を起こそうとしていた。
シャツのボタンを留めかけのまま、デールは駆け寄るとノインを抱き寄せた。
「無理しちゃだめだ」
「ねえ、なんで動かないの、僕の体」
ノインが不安そうな声を出す。
「大丈夫だよ、ノイン。まだ薬が抜けきってないだけだ。体が痺れているだろう」
「うん……なんか変な感じがする」
「もう少し大人しくしていたら、動けるようになる」
「ホント?」
「ああ。もし、動かなくても俺がずっと傍にいてやるから」
「ホントに?」
「ああ、約束するよ、ノイン」
「良かった……」
ノインがほっとしたようにデールを見る。自分の入る隙などないと陸は思った。

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