食堂の椅子に座って陸はぼんやりしていた。
昼間は気にならない時計の音が耳に響いていた。他の音はなにも聞こえない。
頭の中では嫌な想像ばかりをしてしまう。
あの血は誰のものだったのか。デールがノインを傷つけることは考えられないし、ノインがデールを傷つけることも考えられない。
でも。
デールを失うかもしれないと思ったらノインは何をするか分からない。そう本人も言っていたし、それが嘘や冗談とも思えなかった。
デールを手にかけて自分も――――そんなことはないことを願うけれど、流れていた血の量は尋常じゃないと思った。

廊下からガタンと何かがぶつかるような音が聞こえて陸ははっとすると席を立った。
急いでドアを開けて食堂を出ると、ストレッチャーの周りを数人が囲んでいるのが見えた。その数人の中にデールの顔が見えて、ほっとした反面深憂は形になっ ていた。
ストレッチャーはノインの部屋へ入った後、しばらくして出てきた。そのままドアを抜けて外へ行き、デールだけが残っていた。
ドアが完全に閉まると、デールが振り向いた。
「デール」
聞きたいことは山ほどあって、けれど、それより何よりデールが無事でいたことが嬉しくて、陸はデールに飛びついていた。なのにデールの腕に止められてデー ルに抱きつく予定だった腕は宙に浮いた。
「ちょっと待って、陸」
デールの声は落ち着いていた。
「何があったの?」
待ってというデールの言葉は耳に入ったけれど、陸は従うことはできなかった。一人で抱えていた不安はデールを見た瞬間に外へ溢れてきて抑えることはできな かった。
「話すから、その前に着替えだけさせてくれ」
「え?」
デールの服に視線を落とすと、シャツが血で染まっていた。
「陸の服も少し汚れてしまったね」
デールに言われて、陸が自分を見ると、袖口と胸の下あたりに少し血がついていた。
「これくらい大丈夫だよ。それより――――」
「分かったから、少し落ち着け」
デールが頭を撫でる。陸は目頭が熱くなってきた。
「なんで、落ち着いてられるの?」
あれだけの血が流れていて、大したことがないとは思えなかった。
「あわてても、何も変わらないよ」
デールの声は酷く穏やかだった。その声音に、デールが目の前にいることに、陸の焦っていた気持ちは少しづつ引いていった。
「おいで」
デールに促されて、陸はノインの部屋へ入った。
ベッドにはノインが寝ていて頭に巻かれた白い包帯が痛々しく感じた。
「椅子に座るといい」
デールが机の前にある椅子を指す。
言われた通り陸が腰を下ろすと、デールはクローゼットを開けて着替え始めた。着ていたシャツを脱ぐと脇の籠に放り込み、中からシャツを選んでいた。
「もう少ししたら、ノインが目を覚ます。そうしたら、陸を元の世界へ返してあげるよ」
シャツを手にとりながらデールが声をかけてくる。
――――え?
「それって、どういうこと?」
「もう、陸はここにいちゃいけない」
「嫌だっ」
陸は椅子から立ち上がると、駆け寄ってデールの背中に抱きついた。
「デールと別れるなんて嫌だ」
陸はデールの背中に額を押し付けた。
デールを自分の部屋から返さなければよかったと思う。そうすれば、こんなことも元の世界へ帰れなんてことも言われなくて済んだはずだった。
「落ち着いて話を聞いてくれ、陸」
デールは陸の体を引き剥がすようにすると、両肩を掴んでゆすった。
「嫌だ。聞きたくない」
陸はかぶりを振った。あの時わがままを言えば良かったと思う。したくもない我慢をして、それで得られた結果は最悪のものだったとしか思えない。
「陸は解剖されたいのか?」
「え?」
驚いて陸がデールを見上げると、デールはぎゅっと陸を抱きしめた。
「標本にされて、ずっと研究材料にされるなんて嫌だろ? 」
デールが耳元で囁く。
「なんで?」
「研究成果として残すため」
「だって、僕は元の世界へ戻ってこの国のために働かされるんじゃないの?」
具体的に何をするのかはまだ教えてもらっていない。けれど、分厚い本を読まされるのはそのためのはずだった。
「ノインの研究は中止だ」
「ノインの怪我……そんなに酷いの?」
確かに出血の量は多そうで、頭の包帯も痛々しい。けれど、今はただ静かに寝ているように見えた。
「脳が傷ついたんだ。もうノインに今までのような思考力を望むことはできない。思考力だけじゃないかも……しれない」
デールがノインに視線を向け苦しげに唇を噛む。
「それってどういうこと?」
「分からない。執刀した医師は人道的な立場での処置だけをしたと言っていた。つまり、生きていくための最低のことしかやっていないということだ。実際ノイ ンの意識が戻らないとどのくらいのダメージを受けているのか分からない」

「でも」
陸はノインに視線を向けた。
「だって、ただ眠っているだけのように見えるよ。それほどの大きな怪我なら病院でもっと手当てが必要とか……」
科学は進んでいると言っていた。医学も進んでいるだろうと思う。
「陸。ノインはもうここには必要とされない存在になったんだ。上の連中は自分達の保身に走り回っている。ノインがこの先どうなろうと関係ないんだよ。この 後ノインをどうするつもりか分からないけれど……」
「どうなるの?」
「今なら逃げ出せる。俺が……ノインをこれからは守ってやるよ」
デールの腕が陸をぎゅっと抱き寄せる。
「ごめん、陸」
頭上から聞こえた声は陸の耳の中で響いた。
「ノインもお前も二人を守っていくことには俺には無理だ。陸は元の世界に戻ることが最良の選択だと俺は思う」

back | top | next

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!