一人の寂しい夕食を済ませて、シャワーを浴びて、何もする気がしなくて、陸はベッドに潜りこんだ。
けれど、目を閉じてもなかなか寝入ることができなかった。
もともとデールが好きなのはノインだ。自分はどうやってもノインに敵わないような気がする。能力も桁はずれに違う。
ただ似てる――――それだけだ。

ごめん、陸――――その言葉を今までに何度聞いたか分からない。
陸は口元に手を持っていくと、指先を噛んだ。
また、その言葉を聞くことになるかもしれない。
なんでもっと引き止めなかったのだろうと今更後悔していた。
早く朝が来て欲しい。早くデールの顔が見たい。
じりじりする思いを抱えながら、陸はベッドの中で息をつめていた。


突然ドンドン、と大きなノックと共にガチャガチャとドアノブを回す音がした。
まだ部屋に明りは差してきていない。こんな時間に起こされる用件はないはずだった。
――――何?
陸が体を起こすと。
「陸っ、ここを開けろ」
マキのどなり声が聞こえてきた。
「陸っ、陸っ」
深夜だというのに、そんなことはお構いなしのようにマキが叫ぶ。
「待って、今あけるから」
陸が答えた声はマキのノックの音で消されていた。
陸はスリッパを引っ掛けると慌ててドアまで行って鍵をあけた。カチャと鍵が開けられる音の後すぐにドアは開けられた。
「来るんだ」
険しい顔をしたマキが腕を掴んだ。そのまま陸を外へ引きずりだそうとする。
「ちょっと待って、パジャマのままだから」
陸がマキの腕を振り払おうとすると、マキは更に強く陸の腕を掴んだ。
「痛っ……」
思わず声がでた。
「痛い思いをしたくないなら逆らうな」
マキは冷たい声で言うと、陸の腕を掴んだまま背中を向けて先を行こうとする。
「あ、鍵もしめてないっ」
マキに引っ張られて陸が廊下へ出ると、ドアは勝手に閉まっていく。
「必要ない」
マキは歩調を緩めようともしなかった。
深夜の物音に驚いたのか、いくつかのドアが少し開けれていた。ドアからおそるおそる覗いてくるのは部屋の住人だろうと思った。
今まで同じ階の住人すら陸は見たことが無かった。
「何でもない」
マキが住人達に怒鳴る。
怯えたように首をすくませた人の後ろに毛がふわふわとしたものが見えた。
――――尻尾?
陸にはそう見えた。
何事も無いようにマキは部屋の前を通り過ぎ待っていたエレベータに乗った。
おそるおそる陸はマキの顔を見た。ここにどんな人がいるのかを陸は知らなかった。それを聞いていいのかも迷った。二本の足で立っていたし体は人のものだと 思った。けれど、どこか違う。
「あの人達……は?」
おそるおそる陸は言葉にした。
「お前が知る必要はないだろ」
マキがぴしゃっと問いかけをはね付ける。
そう言われたら陸には返す言葉がなかった。
「気にすることはない。ただ遺伝子操作に失敗しただけだ。凶暴性はない」
マキは無表情に言葉にした。
だけ?
陸はそうは思えなかったかったけれど、反論はしなかった。ただ、異質なものの中に自分も入れられていたのだと思った。
マキからすれば確かにそうなのだろう。
確かに、異次元から来た自分は異質なものかもしれないと思う。
けれど、ノインもデールもそんなことは少しも感じることなく接してくれた。同じものとして扱ってくれていた。

棟を出ると、陸は待っていた車に押し込められた。
「どこへ行くの?」
それは陸に関係ないことではないはずだった。
「来れば分かる」
マキは相変わらず無表情だった。明りは電灯だけで薄暗い中だったけれど、車が進む道は見覚えがあるものだった。
ひとつの建物の前に車が止まった時、陸は進んで自分から車を降りた。エレベータに乗り、先にあるのは銀色の扉だった。
「指示があるまで、ここで待っていろ」
マキに突き飛ばされるように陸は部屋へ入れられて、すぐに銀色の扉は閉じた。
懐かしい空気が陸の体を包んだ。
「あ……」
なぜ今更ここに連れて来られるのか分からなかった。それも、こんな夜中に。
「ノイン? デール?」
叫んでみても答えはなくて、静けさだけが耳の中に響く。
「ノイン?」
ノインの部屋をノックしても返事はなくて、開けてみても暗く人の気配は無かった。食堂にも誰もいなくて、実験室は明りが付いたままなのに人の気配も音も無 かった。
「ノイン? デール?」
電気はついているのだからここに居るのだろうと思う。影に隠れているのかそのまま寝てしまったのか。
奥へ進むと、陸は違和感のある匂いを感じた。
「何?」
その匂いは実験室にはそぐわない生臭さがあった。
ノインがいつも座っていた席まで来て陸は立ち止まったまま固まった。
赤黒い液体が床に零れていて、傍には割れたグラスが落ちていた。円が弾けるように広がっている液体は乾きかけている。それは血だと色が匂いが教えてくれ る。
「ノインっ! デールっ!」
陸が部屋中に響くように叫んでも答えてくれる声はなかった。
「ノイン……デール……」
呟いても誰も答えてくれる人はいなかった。
「何があったの?」
問い掛けても誰も答えてくれない。
「何があったんだよ」
最悪の結果が脳裏を過ぎる。
「デール……」
――――引き止めれば良かった
床に広がる液体を見つめながら、陸は胸が潰れそうなほどの苦しさを感じた。

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