陸が本に目を通している間、デールは窓際に立って外を眺めていた。
時計がもうすぐ五時を示す頃、陸はデールに声をかけた。
「今日は食堂で食べないでお弁当を買ってくるよ。デールの分も」
「ん、分かった」
「何がいい?」
「何でもいいよ」
デールが優しく笑ってくれる。それだけで心は温かくなってくる。
「絶対、待っていてね」
「ああ」
デールは頷くと視線をまた外へ向けた。
五時を少し過ぎた頃、マキがいつもどおりに迎えに来た。ノックの音がして、自分達が行くまでしばらく部屋の奥で隠れていてくれるようにデールに言い陸は部
屋を出た。
デールが嘘をつくとは思わないけれど、いない間にどこかへ行ってしまったらと思うと陸には焦る気持ちがあった。
適当に品を見繕ってさっさと会計を済ませ、陸がマキに帰ることを告げと、少し驚いた顔をしてマキは、「いつもこれぐらいで済ませてくれると楽なんですけど
ね」と厭味たらしく言った。
いつもはムッとするような言葉は陸の耳の中を通りすぎていった。
早く部屋へ戻りたい。デールの傍に。陸の頭にはそれしかなかった。
ドアの前でマキと別れて、部屋へ入るとデールは窓際に立ちながら外を見ていた。
良かった。
陸はほっと息をついた。
「おかえり」
デールが振り返って声をかけてくれる。
「うん。どっちにする? 今飲み物を奥から取ってくるよ」
陸がキッチンに行こうとすると、デールが近づいてくる。
「いいよ、陸」
デールは先を塞ぐかのように立って、陸を抱きしめてきた。
「デール?」
「ごめん、陸」
謝られる意味が陸には分からなかった。
「どうしたの?」
デールに謝ることなどないはずだった。
誰も部屋には来ないはずだ。一人で部屋を出ることを覗いて行動は制限されていないから、たとえ、デールが居ることを知られても問題はないはずだった。
「俺、やっぱり戻るよ」
それは、陸が一番聞きたくない言葉だった。
「ノインが……心配?」
心臓がばくばくと騒ぎだす。ずっと居てくれると言ったのはついさっきのことだった。
「……ああ」
声を潜めるようにデールは言った。
僕より?
そんな言葉は口にはできなかった。わがままを言って嫌われたくなかった。
「……また、来てくれる?」
せいぜい言えるのはこんなことだ。
「ああ、陸。明日、また来るよ」
額に触れたデールの唇は温かかった。
「せっかく買ってきてくれたのに、ごめんな」
デールがテーブルの上に視線を向ける。
「ううん……」
力なくかぶりを振る。本音は胸の中でもやもやとくすぶっていた。
「ひとつもらっていっていいかな?」
デールが言う。
「うん、いいよ。二つも食べられないし」
残った弁当を見るのも寂しい気がした。
「でも、ノインになんて言うの?」
弁当を持ち込む理由は思いつかない。
「陸のことも、ノインに話すよ」
「あ、でも、そんなことをしたら……」
ノインは何をするか分からない、本当に。
「でも、いつまでもこんな状態を続けてはおけないだろう。お前だって……お前はいい子で俺が困るようなことはしなくて、でも、我慢してないか?」
「でもっ」
デールがどちらかに決めるのだとしたら、ノインを選ぶ方が大きいと思う。ずっとデールはノインを見てきていて、自分はそのノインに似てるから気にかけても
らっているだけだ。
「いつかは、はっきりさせなきゃいけないことだろ? はっきりしないまま、やっぱり、俺は陸を抱けない」
「あ、でもっ」
「陸への気持ちを大切にしたいんだ」
デールは唇に触れると、ニ度三度啄ばむようにして静かに離れていった。
「……分かった」
陸は頷くように顔を伏せた。これ以上は無理だと思った。デール口調が簡単に意志を変えるものとは思えなかった。
自分から離れていくデールを陸はぼんやり見ていた。手も足もただぶらんとしていて、立っていることがやっとだった。
テーブルに近づいたデールが陸を振り返る。
「陸はどっちがいい?」
「僕はどっちでもいいよ」
「じゃあ、こっちをもらっていくよ」
ひとつをデールが取った。
「うん」
「じゃあ、陸」
近づいてきたデールは唇を掠めるようなキスをすると、頭を撫でてくれた。
「明日、来てくれるよね」
それだけは譲れなかった。
「ああ」
デールはいつものように笑って、部屋を出て行った。パタンとドアを閉める音に反射的に陸はドアに近づいてノブを回し開けた。
気づいたらしいデールが後ろを振り向いてくれて、手を振ってくれる。そして、その後の早くドアを閉めろと合図をした。
そのまま追って行きたかったけれど、陸はドアを閉めると床へ座りこんだ。
「デール……」
胸の奥は錘のように重かった。