「あいつは――――」
デールは言いかけてかぶりを振った。そして、急に顔をあげて陸を見て目を細めた。
「陸、お前を見てると素直だった可愛かった頃のノインを思い出すよ。本当に可愛くて可愛くて絶対守ってやりたかったのに、俺はノインを守れなかった」
デールは苦しげに顔を歪めると顔を逸らす。
「……そんなことないよ。デールがどれだけノインのことを大切に思ってるかノインだって分かってるはずだよ」
自分で言っていて、胸が苦しくなってくる。デールが一番大切なのはノインだ。
「俺なんか結構自由にやってるよ。今だってこうして、お前のところへ来てる。あいつにあるのは自由を縛られた世界だけだ」
「……だって、仕方ないよ」
それをノインが望んでいるとは思わない。けれど、それしか選べなかったのだと思う。
「でも、それがあいつにとって良いことなはずはないだろ? 小さな空間に閉じ込められて、あいつにあるのはプレッシャーだけだ」
「でも、ノインはそれでもいいと思ったんだよ。デールと一緒にいられるなら……」
言いながら、なんでこんなことを言ってるんだろうと陸は思った。
今日デールは来ないと言った。なのに、来たということはノインより自分を選んでくれたということだ。ならば、自分がすることはノインを庇うことじゃないは ずだ。

「分かってるさ。だから、逃げようと何度もノインに言った。俺が守ってやるからって。でも、あいつは絶対首を縦には振らなくて、どんどんあいつは壊れてい く」
「……だって、逃げたらデールを失うとノインは思っているんでしょ。なら……」
言葉は止まらない。今はノインの気持ちがいやという程分かる。
危険なことをしたくない、自分もきっとそう思うだろう。
「以前逃げたやつらがいた。そいつらは発見され葬られた。だからノインが恐れるのは理解できないことじゃない。だけど、そいつらは情報を他へ売ろうとした からだ。俺達はそんなことは考えていない。状況が違うよ……ただ……」
「ただ……何?」
「ノインは、ノイン自身に価値があるんだ。あいつの理論を理解できるやつは他にはいない。あいつがいなくなれば、今やってる研究も全てストップして今まで の投資も全て無駄になってしまう。だから、もしあいつがいなくなったら是が非でもあいつを取り戻そうとするだろう。そのあいつを働かせているのは俺の存在 だと上は思っている。俺にそんな価値があるとは思ってないよ。でも、実際ノインは実績をあげた。俺達を捕まえたら、上が考えるのは俺を殺すより更なる監 禁……例えば常に監視をつけるような体勢だろうな」
「そんなに嫌に決まってるよ。まだ今の方がいいって思うよ」
常に誰かの目が光っているなんて考えただけでぞっとした。
「だけど……今やっているテーマはほぼ終わりだ。これから、次のテーマが提示される」
「あ、うん」
「で、もし、俺の亡骸をノインに与えて好きにしろと言ったらノインはどうすると思う?」
「え?」
陸は背筋がぞっとした。
「なんで、デールがそんなことになるんだよ。ノインを働かせるためにデールが必要だと言ったばかりじゃないかっ」
冗談でも言って欲しくないことだった。
「だからだよ。ノインは与えられた課題を全てこなしてきた。そのノインならどうすると思う?」
「え……クローンを作るとか?」
同じものをきっと望む。
デールはゆっくりとかぶりを振った。
「それじゃあ、ノインは満足しないよ。クローンは新たに与えられた生で、記憶もまっさらだそれに、クローンの技術は既に確立されている。」
ならば……まったく同じもの?
「蘇生?」
人を生き返らせることができるとは思わない。けれど、ノインならと思ってしまった。
デールが小さく頷く。
「新しい研究テーマとしてあいつならやってしまうかもしれない。俺の命なんて理由はどうにでもなるだろう。仕事に危険はつきものだ。たとえ、逃げなかった としても、そういうこともあるってことだよ。上のやつらはノインさえいれば何でもできると思っているようなところさえあるんだ。俺は死んでも利用される。 ノインはずっと研究を続けさせられる」
デールが顔を伏せるとかぶりを振った。
逃げ道のない袋小路。でも、それはきっと今に始まったことじゃないはずだった。
「でも、それが、ノインのところを出てきた理由じゃないんでしょう?」
いつも穏やかなデールがこれほど取り乱すのは、何か直接的なきっかけがあったはずだと思った。
「……可愛かった、俺が愛したノインはもういない。あいつは、自分に逆らうなら以前派遣された北方へ俺をとばすと言うんだ」
え?
「そんなこと、ノインが言うはずないよ」
取り戻したくてずいぶん無理な約束をしたはずだった。
「行きたくないなら命令を聞けって言うんだ。僕のおかげでここに居られるんだよって。また行きたくはないでしょう?って」
「嘘だよ、そんな……」
陸は信じられなかった。ノインの口から出る言葉だとは思えなかった。
「あいつは自分のこと以外何も見るな何も考えるなって言うんだ。無理だろ? そんなこと」
「あ……」
気持ちだけは痛いほど分かった。
「あいつは、陸は元の世界へ戻ったと俺に嘘をついた。それがどうしても心の奥に残っていた。あいつを信じていたからこそ許せなかった。それを知らなければ 俺は何を言われても自分の中で収められただろう。今までもそうしてきた。あいつが辛いのは分かってるつもりだった。だけど……あいつは、俺に嘘をついてい た……そう思ったら、そんなことできるわけないだろってノインに向かって言っていた。後は売り言葉に買い言葉だよ。お前の好きにすればいいって言って俺は 部屋を出てきた」
「え、あ、それって?」
「俺はまた、北方へ送られるかもしれない」
たとえ、口には出したとしても実際ノインがそんなことをするとは思えなかった。
「そんなことないよ。ノインはそんなことしないよ。今はちょっと気がたってるだけだよ」
ただ待つことしかできない、不安な気持ちは自分がその身になって分かってきた。それだけじゃない。いくら自分が一生懸命やっても、思う通りにはならなく て、やっても、やっても、状況は悪くなっていくばかりだ。ノインにはそれを吐き出す場所さえない。
「頭では理解できても気持ちがついていかないんだ。もう、今までのようにノインを思えないかもしれない」
デールの指が陸の顎を捉えてくいと上へ向かせる。
「陸、お前は俺が愛したノインそのままだよ。ノインじゃないと言われても、俺には以前のノインが還ってきたようにしか思えない」
「デール……んっ」
そのまま近づいてきたデールに唇を塞がれた。そのまま舌を入れられて口内を撫でまわされる。して、とどんなにねだってもしてくれなかったのに、今、デール の舌が激しく貪るように口内をまさぐる。ピチャピチャと音が漏れ、唾液が口元を零れ落ちる。
陸は段々体の力が抜けていった。崩れ落ちそうになる体をデールが支えてくれて、そのままベッドへ引き上げられた。
組み敷かれるように上からデールが覆い被さってくる。
「お前が欲しい」
デールが目を細める。陸は小さく頷くと腕をデールの首へ回した。
たった一度でもいいと願ったことだった。
――――ノインごめん
心の中で呟いて、陸は目を閉じた。

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