「好きだよ」
スピーカーから聞こえるのはデールの声だった。それは声だけだ。それでも嬉しかった。
久しぶりに本人に会って少しでも自分のことを気にかけてくれたことが陸は嬉しかった。だから、がんばれると思う。

突然ノックの音がして。
「陸?」
ドアの向こうからデールの声が聞こえた。
――――え?
陸があわてて立ち上がると、椅子ががたんと音を鳴らして倒れた。倒れた椅子も気になったけれど、デールに聞こえた声の方が気になった。
ドアへ駆けより急いで開けると、その先には、デールが立っていた。
「あ……」
陸は言葉がでなかった。デールが来てくれるとは思っていなかった。
「部屋に入っても、いいかな?」
デールが躊躇いがちにゆっくりと言う。
「うん」
言いながら陸はドアを更に開いた。

「何か、あったのか?」
デールが倒れた椅子へ視線を向けていた。
「あ、ううん。何でもない」
陸は駆け寄って椅子を起こすと、デールに向かって笑いかけた。予想外のデールの声に少しびっくりしただけだった。
「あ、座って」
机の上に広げていたものを重ねて端へ寄せる。まだ、たどたどしくて、十分とは言えない言葉でも直接話ができることは嬉しかった。
デールが椅子に腰掛けたのを見て。
「何か、もってくる」
陸はキッチンへ行くためにデールに背中を見せた。
「いいよ、陸。時間は、ないから」
ゆっくりと言葉にするデールは陸を気遣ってくれているのだと思う。
「そう……」
陸は立ち止まった。
「ノインのところへ行くの?」
「ああ」
デールの答えを陸は背中で聞いた。
それは予想していたもので、それでも、いつもまっすぐ行っていただろうノインの部屋へ行く前に来てくれたことは嬉しかった。

「ノインは元気? 」
陸は振り向くと、デールに向かって小さく笑った。
ほんの少しの時間かもしれない。けれど、デールが来てくれたことは嬉しかったし、何よりここにはノインがいない。ノインに気遣うことはない。
「あんまり、元気でもないかな」
――――え?
それは意外な答えだった。やっかいものがいなくなって喜んでいると思っていた。
「何かを、根をつめてやってるよ。寝ろって、言っても、もう少しって」
「あ、でも、もう終わったんじゃないの? 」
自分が戻れるというのはそういうことかと思っていた。
「終わっているはずだよ。そう上には、報告してる。でも、何かやってる。それが何かは俺には分からない」
デールは視線を伏せかぶりを振った。
「デール……」
陸は手を伸ばしてデールに触れようとして、触れる前に拳に握った。自分が触れてはいけない人だと思った。
なのに、引こうと思った手はデールに掴まれていた。
「温かいね、陸の手」
大きなデールの手が両手で包み込んでくる。
「デールも温かいよ」
手を包まれて温かさが体の中へ染み込んでくるようだった。
「ノインの手は冷たいんだ」
デールがぼやくように言う。
「手も足も、暖めてやらないと、寝れないんだ」
苦しげに顔を歪めた
「デール?」
陸はデールの顔を覗き込んだ。
こんな風に愚痴を言うデールを見たことはなかった。

ゆっくり顔をあげたデールが手を伸ばして陸の頬に手で触れた。
「なんでお前は、ノインじゃないの?」
デールが眉根を寄せる。
「なんで、こんなにそっくりなのに、ノインじゃないんだ?」
同じ言葉を繰り返す。
「そんなこと言われても……」
この姿は望んだことでもなく、故意的に何かをしたわけじゃない。
「俺は最初、ノインが、自分の、コピーを、作ったのかと、思ったんだ」
「え?」
そんな話は初めて聞いたと陸は思った。
「行き詰まって、時間稼ぎに、作ったクローンかと、思ったんだ。でも、違うんだろ?」
「う、うん。僕はちゃんと違う世界で生きていたよ」
ちゃんと十六年生きてきた記憶もある。この記憶がノインに作られたものじゃなかったら……。
「だ、だって、消しゴムやあんぱんは僕のいた世界のものだよ」
もしかすると、自分は作り物? 陸は急に不安になった。
デールがふっと笑うと、頭をくしゃっと撫でる。
「ごめん、陸を不安にさせたね。ノインはそんな誤魔化しができるやつじゃない。そんなことができるなら、とっくにやってるよ。それは分かってる。ただ、あ まりに似てるから……」
デールが急に口を閉じると、顔を伏せた。
「デール?」
急に言葉を止めたデールが陸は気にかかった。何を考えているのか、それを知りたかった。
「どうしても気になるんだ。陸のことが……」
小さくため息をついたデールが顔を逸らす。
陸の胸はとくんと跳ねた。
それって?
疑問には思っても口には出せなかった。
「ノインは……あいつは俺に陸は元の世界へ帰ったと言った。俺はあいつの言葉を信じたよ。それが、陸のためであることは分かっていたし、陸は帰りたがって いたし、だけど、何か割り切れないものがあって……それがどうしてなのか、今日陸に会って分かった」
「どうして?……」
陸は心臓の鼓動が段々大きくなっていくことを感じていた。胸が熱くなってきて瞳が潤んでくる。
ゆっくりと顔をあげたデールに陸は目を逸らすことができなかった。しばらくただ見詰め合っていた。
陸――――そうデールの唇が動いて、デールが近づいてくるような気がして、陸は目を閉じた。そっと触れてきた唇は二度三度啄ばむように触れると離れていっ た。
触れたデールの唇は思っていたより柔らかくて温かかった。
「俺を軽蔑する?」
すぐ傍で声がした。
「なんで?」
陸が目を開くと、すぐ前にデールがいた。
「俺はノインが大切だと言いながらお前も気にしてる」
デールが瞳がまっすぐ見ていた。
陸はかぶりを振ると、デールに抱きついた。大きな胸が受け止めてくれて腕を背中へ回して抱きしめてくれる。
「好き」
絶対に言うことはないと思っていた言葉を陸はデールの耳元で囁いた。

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