会話が弾むわけでもなく、微妙な空気の中、陸はケーキを口の中へ収めていった。
きっと、味は美味しいのだろうと思う。けれど、陸は苦さばかりを感じた。
食べ終わって、一息ついて。
「じゃあ、ノイン先に実験室へ戻っていいよ」
皿を重ねながら、デールが言った。ノインに対しての言葉なのに、珍しく翻訳機を通したままだった。
「でも」
ノインは陸をちらっと見た。
「何かやってる途中だったんだろ? 俺も片付けたらすぐ行くから」
言いながら、ノインの頭をくしゃっと撫でる。
ノインはデールを見たまま何も言わず、動きもしなかった。
「陸も、部屋へ戻っていいよ」
デールが陸を見る。
それは、言葉は優しくても、戻ってくれと言いたいのだろうと陸は思った。
「あ、うん。デール、ありがとう」
デールの言いたいことは分かるから、陸は席を立った。
「じゃあ、おやすみなさい」
席を戻して陸はすぐにドアへ向かった。ドアを閉めるとき軽く頭を下げると、デールは笑顔で頷いてくれたけれど、ノインは冷たい視線を向けてきただけだっ
た。
お前なんかいなくなればいいのに――――ノインの視線はそう言っているように陸には感じた。
別に来たくなんかなかったのに、呼んだのはそっちじゃん。
そう言ってやりたいけど、言えない。
ノインも分かっているから、何も言わない。ただキツイ視線を向けてくるだけだ。
デールを取ったら何をするか分からない――――そう言ったノインの言葉はまんざら嘘じゃないと思う。
廊下に出て自分の部屋の前まで来て、部屋に入るためにドアを開けると、食堂の方からドアが開く音がした。出てきたノインは何も言わず陸を見ていた。
陸は小さく頭を下げると、部屋の中へ入った。入って、宙を見上げてため息をついた。
「はぁ……」
自分がデールに惹かれてきていることを、ノインはきっと見抜いているのだと思った。
取れるなんて思ってない。自分の方へ気持ちを向かせるなんてことはできないと分かっている。思いが通じないと分かっている相手を好きになることがないな
ら、世の中はもっと幸せだろうと思う。
分かっているのに、惹かれてしまう気持ちがある。それは自分でも止められない。
背にしていたドアが小さくノックされた。
――――誰?
陸がそう思っていると、ドアは開いてデールが顔を覗かせる。
「時間がない。少しいいか? 」
急かすように言われて、陸は頷いていた。
後ろをうかがうようにして、デールは部屋へ体を滑り込ませるとドアを閉める。
「ごめん、陸」
言いながら、デールは顔を歪ませた。
「え? なんで? ケーキはおいしかったよ? 」
謝られた理由が分からなくて陸がきょとんとしていると、デールは苦笑いをしながら陸の頭をくしゃっと撫でた。
ぬくもりを感じて陸は胸がきゅっと苦しくなった。
「二人で外へ出たことで、あいつがあんなに神経質になるとは思ってなかった。あいつが追い詰められているのを分かっていたつもりなのに、結局全然分かって
なかったんだな。あいつばかりじゃなくて、陸にまで辛い思いをさせることになった」
デールが切なげに眉を寄せる。
「大丈夫だよ」
陸が答えると、デールが意外そうな顔をした。
実際はちょっとしんどい。だけど、それはデールが悪いわけじゃなくて、ノインが悪いわけでもなくて、デールを責めることもノインを責めることもできない。
それに。
これ以上険悪な状態になって、デールが顔を見せなくなる方がもっと嫌だった。
デールはそんなやつじゃないと思うけれど、板ばさみになるのを面倒だと思えばもう姿を見せなくなるかもしれない。
正式なスタッフではなく、仕事は別に与えられていると言っていた。
自分の意志で外へは出ることはできなくて、待っていることしかできない。思いを伝えることさえできないと分かっていても、好きな人に会えることは嬉しかっ
た。
「陸……」
デールの腕が背中へ回されて、陸はぎゅっと抱き込まれた。
少しだけ汗の匂いを陸は感じた。
このぬくもりをいつも感じているのだと思うと、ノインをずるいと思った。大切にされて抱かれて、それは自分には得られないものだ。
――――少しだけ
陸もデールの背中へ手を回そうとすると、カチャとドアが開く音が聞こえて手は止まった。
ノックは聞こえなかった。自然に風ででも開いた? と思ってそんなわけないと思う。
ゆっくりと、まるでストップモーションのように離れていったデールの先に、唇をかみ締めているノインがいた。
陸は声が出せなかった。それはデールも同じようだった。
ノインは部屋へ入ってくると、何も言わずにデールからヘッドホンを剥ぎ取るようにした。
「デールを取らないでって言ったのを忘れた? 」
陸に厳しい視線を向けてくる。
陸に言葉はなかった。
「無事に帰りたかったら、もうデールに近づかないで」
吐き捨てるように言いながら、ノインの瞳は潤んでいた。
「ノインっ」
デールがノインを止めるように抱き寄せる。今まで自分がいたデールの腕は、もうノインに取られていた。ぎゅっとノインを抱きしめて、デールは耳元に何か囁
いていた。
デールの胸に顔を埋めるようにしたノインの頭を押さえるようにぎゅっと抱きしめて、デールは陸の方を向いた。
ごめん、陸――――デールの唇がそう動いたように陸には見えた。
そのまま、宥めるようにノインの背を押しながら、デールはノインと部屋を出ていった。