「取るわけないじゃん」
誰もいなくなった食堂で陸は呟いた。
デールがどれだけノインを大事にしているか、ノインのことを話すデールを見てよく分かった。
だいたい、陸は男を恋愛対象として考えたことはない。
確かに頼りがいがあって傍にいると安心する存在だと思う。けれど、それだけだ。
それだけのはずだった――――。


何をするわけでも時間は日は経っていく。
部屋のドアをノックする音がした。
ノインかなと思いながらも、デールかななんて思って陸がドアを開けると、デールが立っていて、にこっと笑う。
「陸、今日はちゃんと飯食ったか? 」
頭をくしゃっと撫でた。
「食べたよ」
子供扱いにちょっとむっとしながら、胸はどきっとした。
――――なんで?
自分に問い掛ける。一緒に遊園地から、自分の中でデールの位置が確かに変わった。
「そっか、いいものを買ってきたから、食堂に来ないか? 」
「あ、うん」
暇を持て余しているのだから断わる理由はない。
陸はそのまま部屋を出てドアを閉めた。どろぼうが入るわけもなく用意することもない。
食堂に入るとノインもいた。
「あ……」
陸は思わず声をこぼした。
最近、少しノインとは気まずかった。
今までは無駄話、例えば、食事のときに好きなものの話とか、昔のこととかを話してくれたのに、デールと一緒に出かけて以来そんなことはまったくない。
必要最小限の話だけ、それも事務的にしか話してくれなくなった。
デールが気にかけてくれて、仲を取り持ってくれようとしているけれど、それは火に油を注ぐ結果にしかならないようだった。
現に今、ノインはちらっと陸を見ると顔を背けてそのままだった。
デールが話し掛けるとデールの方を見て切なそうな顔をする。見ている方が切なくなってくるような表情だった。
――――取れるわけないじゃん
そう言葉に出したところで、余計嘘くさくなるような気がして尚更何も言えない。


男を恋愛対象として見たことはないはずだったのに、デールに感じるものはただ慕うのとは違うように思って陸は感情の行き場に困っていた。
夜ベッドに入って体を熱くするのは、デールの笑顔だったりする。
ほりの深いすっとした顔立ちが笑うと優しくなる。くしゃっと髪を撫でながらその優しい顔で見られると、何も言えなくなってしまう。
デールにはノインという恋人がいることは分かっていて、デールがどれほどノインを大切に思っているかも分かっている。
仕事の関係でデールは毎晩部屋に来るわけじゃない。警備の仕事はシフトの関係で夜に入ることもある。
けれど、夜にデールの姿を見たときはこれからノインを抱くんだろうかなんて下世話なことを考えてしまう。ベッドに入って寝ようとしても、湿った甘い吐息の 中で体を絡み合わせる二人の姿まで頭は描き出す。
かぶりを振って脳裏に描かれたものを振り払おうとするけれど、それはできなくて手は下半身に伸びていた。
自分の手で扱きながら、デールに触れられたらなんて想像が頭を過ぎって、下半身が熱く疼く。子供扱いしかしてくれないデールがそんなことをしてくれるはず はなくて、でも、デールに抱かれている自分を思い浮かべながら果てていた。
後に残るのは罪悪感だった。
男同士であるだけじゃない。デールには恋人と呼べる人がいる。優しく笑いかけてくれてもそれは愛情からじゃない。大切な人の、ノインの研究材料だからだ。



「陸は甘いものは好きなんだろ?」
デールが訊いてくる。
なぜか、そういうことになってしまっていた。
「欲しくなるときはあるけど」
無性にチョコレートが欲しくなるときはあった。疲れているときに甘いものを欲しがるとはよく聞くけれど、今は暇を持て余していて疲れる要素はない。
「いつもは売り切れているやつが珍しくあったから、買ってきたんだ」
そう言ってデールが箱から出したものは、チョコレートケーキだった。
「わぁ――――」
陸は思わず声がでた。ケーキというだけで何かわくわくしてしまう。誕生日とかクリスマスとかお客さんが来たときとか、ケーキがあるときは大抵イベントがつ いてくる。
デールがくっと笑った。
えっ? と思って陸が見ると、デールが目を細め緩くかぶりを振る。
「それだけ喜んでもらえるのなら、買ってきて良かったよ」
ケーキを皿に載せながら嬉しそうに言うデールの横で、ノインは不服そうに顔を曇らせていた。きっとその顔はデールには見えていない。
デールはケーキをのせた皿を前に置いてくれて、冷蔵庫から飲み物を出してきてくれた。ノインの不服そうな顔が気になって、陸は動くことができなかった。
ケーキを前に体は固まっていた。
「食べなよ」
デールに言われて、
「あ、うん」
陸はスプーンで一欠けらをすくって口に入れた。すると、期待通りの甘苦いチョコレートの味が口の中に広がった。
「おいしい」
そう言うと、デールは嬉しそうに頷いてくれた。
ノインもケーキに手をつけずにいた。
デールはマイクを外して、ノインに何か言う。ノインに言うときにマイクを外すのはいつものことだから、それはもう慣れた。翻訳された言葉ではなくて、自分 の言葉で伝えたいだけなんだろうと思った。実際、マイクを通したときに出る言葉はデールには意味が分からないもののはずだ。少しの誤解を生まないためにも 分からない言葉より直接言いたいのだろうと思うようになった。
けれど、知らない言葉はそれだけで不安が生まれる。
きっと、デールは食べろとノインに言っているのだろうと思う。それに、ノインが短い言葉で答えた。
デールは呆れたように笑って、スプーンにケーキを一欠けら乗せると、ノインの口へ運んだ。デールに差し出された一欠けらのケーキを口に含んで、ノインは小 さく笑った。デールも答えるように笑う。
それは、見せ付けているのだと陸は思った。
デールに手を出さないで、そう直接言われたのは一回だけだけれど、仕草の端々でそれは感じた。
やさぐれた気持ちになってくる。
それだけ大事にされていてもまだ満足しないのかよ、と文句を言いたくなる。
自分は気持ちにさえ気づいてももらえない。思ってもらうなんて絶対不可能だ。それなのに、文句ひとつ言わないでいるのに。
もう一口頬張ったケーキのかけらは、酷く苦く感じた。

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