「あ、どうなるの? もしだめだったら」
帰れなくなる? 場合によってはそんなこともあるとノインは言っていた。
「さあ、上がどう考えているかは分からない。ただ、どこにでもいるだろ? 張り合ってるやつが。宇宙への開発を押す一派と異次元への開発を押す一派があ
る。宇宙の方が研究者も多いし進んでいる、だから、ノインは急かされていて、だから、ノインは賭けにでたんだ」
「賭け?」
「陸を呼び込むこと」
――――賭け?
「異次元に存在する世界は遠くにあるわけじゃない」
デールが右手と左手の指を交互に組み合わせる。
「こんな風に、絡まっているというのがノインの理論だ」
「でも、それじゃ、ぶつかっちゃうよ」
もしかすると、目の前を自分の世界の知ってる誰かが歩いていたりすることになる。
「そう、だけど、ぶつからないし見えない。存在として認識できる波長が違うというのが結論だ。無限の波長の中でそれぞれの世界が自分達の帯域をもってい
る。それを超えると異次元になる。異次元のものは見ることも触れることもできない」
「え? それをどうやって移動させるの? 」
「そこまでは知らない。座標を割り出してフィルターをかけて抽出して再構成するといっても、具体的にどうやっているのか俺はは分からない。全てが手探りの
状
態の時、ノインが他の帯域にスキャンをかけていて、フィルターをかけるとまったく自分と同じ波長をもつものを見つけたんだ。それが、陸だよ」
「僕? 」
ノインと波長が同じ?
「ああ。だから、その帯域に知的生物が存在する異次元があると仮定したんだ。その理論だけでも合っていることをノインは証明しなければいけなかったんだ」
「じゃあ……」
今自分がここにいることでその理論は証明されたわけだと陸は思った。
「上も安心したんだろう。俺にかけられていた制限が取れた」
「え? 」
「今までは、月にニ、三度しかノインに会えなかった。会いたかったら成果をだせっていう脅しだよ。今は、与えられている仕事のシフトも楽になった。見張り
がついていることは分かっているけれど、ノインのところへ来ることを止められることもなくなった」
「え? 見張り? なんているの? 」
気がつかなかった。
「陸と遊園地へ行ったときも、しっかり付いてきていたよ。分からないのは仕方ない。向こうはプロだから」
「でも、デールには分かっているんでしょう? 」
見張られているのが本人に分かってしまうなら、見張りは失敗なんじゃないかと思う。
「俺もプロだからね。逃げられないっていう牽制のつもりだろう」
「ずっと? 」
こんな閉鎖された空間の中だけじゃ足りなくて、外へ出ても見張りがついているんじゃ、がんじがらめだ。
「ずっとだよ。だからノインは外には出たがらない。実際その気がなくても逃げると思われたら。ノインに付いていたのが俺だとしたら、俺の命はないだろう
ね」
デールが銃で撃たれる場面を想像して、陸は背筋がぞっとした。
「……そんな」
「実際はそうならないだろうけれど、ノインはそんな不安を抱えている。だから、あいつは実験室に篭りっきりで、それを俺は見ているしかできない」
デールが視線を落とした。
陸は何か言わないといけないと思ったけれど、そのまま固まった。慰めの言葉ひとつでてこない。
「全部こっちの都合で、陸には迷惑なことばかりかもしれないけれど、きっと、ノインは陸を元の世界へ返してくれるよ。だから、今は少し我慢して欲しい」
うんと素直に頷けることではなかったけれど、陸は小さく頷いた。のほほんと過ごしている自分より、ノインの方が辛いだろうと思った。
「夜も遅いのに、長話してごめんな」
デールが立ち上がった。
「ううん……デールは今から帰るの? 」
もう深夜といわれる時間のはずだった。陸はデールがどこに住んでいるのかを知らない。そう言えば、帰るところを見たこともなかったと思った。
「いや、できるだけあいつの傍にいてやりたいから」
デールは入り口ではなくて、置くの冷蔵庫へ行くと中から入ってくるときに持っていたボトルを出した。さっき、冷水を入れたものだ。
「じゃあ、おやすみ」
軽く笑うと、デールはパタンと小さな音をさせて部屋を出ていった。足音が遠くなっていく。
部屋が静けさに包まれると陸は意味もなくかぶりを振った。
自分がもしノインの立場だったらと思うとぞっとした。
怖くて外へ出る自由もなく、一日中研究ばかり? それも、成果を上げられないなら大事な人を引き離すという脅しつき。
それでも一緒にいたいから、やるしかない。
「なんでなのかな……」
時に神様はすごく理不尽だと思う。
結局寝られなくて、でも、気がついたら太陽は高かった。なんだかすっきりしなくてぼんやりした頭のまま起きて食堂に行くと、ノインがいた。
「おはよう」
ノインに声をかけられて、夜みた光景がノインの顔に重なって、陸は一瞬固まった。
「……おはようございます……」
やっとで口にして、陸は喉をごくりと鳴らした。
「ごめん。食事は先に済ませちゃったよ」
ノインの謝罪の言葉に陸は「ううん」とかぶりを振った。
起きるのが遅かったのは自分が悪いし、ただでさえノインに時間はないはずだった。食事は終わったというのに、ノインがまだ食堂にいることさえ不思議だっ
た。
何か用事があるのかな? と思った。
「早く食事を申し込まないと朝食終わっちゃうよ」
ノインに促されて、陸は食事を運んでくるエレベータの横にある案内板の前に立った。そこで注文すると、食事が運ばれてくる。別に食事メニューが終わっても
スナックメニューがあるから、かまわないと言えばそれまでだけれど、ノインに逆らってはいけない気がした。
ノインのことを思うと胸が痛い。
無難に定食メニューをたのんで食事の載ったトレーを取り、陸はノインの前に座った。
「ノイン」
そう呼ぶと。
「ん? 何?」
応える声は穏やかなノインに戻っていた。昨日荒れていたときは別人のようだった。と、いうか昨日がまるで別人のようだったのだけれど。
「僕にできることがあったら何でも言って」
何もできないかもしれない。能力が違うことは分かっていた。けれど、何か助けてあげられるならと思う。それは、自分が帰りたいということだけでなく。
「じゃあ、ひとつだけ、いい? 」
「何? 」
陸は身を乗り出した。
自分にできることがあるなら嬉しいと思う。
「デールを取らないで」
「え?」
それは意外な言葉だった。
「デールは僕のものだよ。もし、陸が僕からデールを取ったら、僕は何をするか分からない。それだけは覚えておいて」
声は穏やかだった。けれど、向けてくる視線は刺されるように鋭かった。
「それだけ」
陸の答えを聞かずに、ノインは席を立つと食堂を出ていった。