陸は冷蔵庫から冷水の入ったボトルを出すとグラスに注ぎ、テーブルの端に腰掛けた。
ごくりと一口冷水を飲むと、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「ふぅ……」
小さなため息が零れる。
未成年にはちょっと刺激が強すぎだよ、と思った。思い出しただけで体が熱くなってきそうになる。喘ぐのは女だけじゃないんだ、と陸は思った。
しばらくすると、ドアを開けてデールが顔を覗かせた。手に小さなボトルと例のヘッドホーンを持っていた。
デールは部屋に入ってきてボトルをテーブルに置くと、ヘッドホンをつけた。
それがないと話さえできない。
「どうしてあんなところにいたんだ? 」
それは、尤もな質問だった。
「喉が渇いて眠れなくて……」
ちょっと違うけれど、この際大した差はないだろうと思う。
「そうか、奇遇だな。俺も喉が渇いたんだ」
デールは言うと、奥に行き冷蔵庫を開けた。中からだした炭酸水をグラスに注ぎ、手に持っていたボトルには冷水を入れて、冷蔵庫へ入れた。
そして、グラスを手に、陸の向かいに来て腰を下ろした。
「さっき、ノインの部屋を開けただろ? 」
ストレートに訊かれて、陸は誤魔化す術をもたなかった。廊下からの光も入ってしまったし音もたててしまったからばれるのも仕方ないと思う。
「うん」
俯いて小さな声で肯定した。覗き見をしてしまったようで罪悪感がある。
「軽蔑するか?」
デールの言葉に陸は、はっと顔をあげた。
「俺のことは軽蔑していいよ。だけど、ノインをそんな目で見ないでくれ」
デールが目を細める。
「なんで、軽蔑なんて……」
陸はかぶりを振った。
そんなことは考えていなかった。ちょっとショックだったけれど、それだけだった。
「そうか。なら、良かった」
デールは顔を伏せると、炭酸水を一口飲んだ。
「今、ノインは? 」
こんなところで話をしていていいんだろうかと思う。
「寝てるよ」
「あ、そうなんだ」
それじゃなきゃ、こんなに暢気じゃないあよなと思い直した。荒れていたのはついさっきのことだ。
「やっと、寝てくれたんだ」
デールはほっとしたように言った。
「やっと? 」
ノインがいつ寝ているのか陸は知らなかった。けれど、睡眠時間が少なくても良い人はいるらしいから、ノインもそうなのかなと思うくらいであまり考えたこと
はなかった。
「このところずっと実験室でちょっとうつらうつらするぐらいで寝ていなかった。寝不足だからかぼんやりしてるときも多くて、そんなことやっていても進まな
いから寝ろって言っても聞いてくれなくて、だけど、良かったよ。陸のおかげだ」
「僕の? 」
感謝される覚えはない。何もしていない。
「ちょっと荒療治だったけれど、俺と陸が一緒に出かけたのは効いたみたいだ」
「効いた? 」
「寝る時間を惜しんでまでやってる研究から少し気持ちを逸らせてくれた。結果的にはその方がノインのためにも、陸のためにも良い方向へ進むと信じている
よ」
デールが口元を緩める。
確かに、帰ってきた時のノインの様子は研究どころの騒ぎじゃなかったような感じだった。それだけデールは大切な人なのだろうと思う。
「恋人、なんでしょう? 」
考えるよりも先に言葉がでていた。
「さあ、そう言えるのかどうか分からない」
デールが宙を見上げる。
「でも……」
そうとしか思えなかった。
「俺はあいつのために何もやってやることができない。なのに、足を引っ張ってばかりだ」
「でも、デールはノインを助けるスタッフの一人なんでしょう?」
スタッフしかこの部屋に入ることはできないと聞いていた。荷物を運んでくる業者らしき人を除いて、あとはデールとマリーしか陸は会ったことはない。
「俺に与えられている仕事はノインとは関係ないものだよ。スタッフとは名ばかり、ノインを働かせるための人質にすぎないんだ」
「人質? 」
それは物騒な言葉だ。
「以前は確かにスタッフだった。ノインの警護兼お守りみたいなものかな。初めて会ったとき、あいつはまだ七歳でその時訓練生だった俺は十五歳だった。あい
つの周りには大人しかいなくて、だから一番年が近くて、初めてできた友達、みたいなもんだったんだろうな。いつもにこにこして、よく話し掛けてきた」
デールが遠くを見るように言う。
「七歳? そんな頃からノインはここにいるの?」
ここは大学だと聞いた。七歳なら小学生の年だ。
「あいつは、三歳の時からいるよ。ここでは、三歳になったら審査を受けて優秀なものには能力を育てるカリキュラムが与えられるシステムがある。名誉なこと
だから受けさせる親も多い。ノインもその一人だ」
「三歳から? まさかずっとここに居たわけじゃないよね」
こんな閉鎖的な空間に、十年以上もいるなんて信じられなかった。
「ずっとだよ。陸」
デールがまっすぐ見てくる。その答えに陸は言葉を失った。
「ずっと。俺が知っているかぎり、ずっとあいつはがんばってた。一つの課題が与えられてそれをやり終えると家に帰れるんだ。ほんの一週間ぐらいだよ。その
ためにがんばって、親の期待に応えたくてがんばって。小さいのに、俺なんかまだ遊ぶことしか知らなかった頃からずっとがんばって。そんなあいつが疲れたっ
て一言こぼしたときがあったんだ。気がついたら俺はあいつのこと抱いて いた……まだ、あいつは十五歳だったのに」
「あ……」
陸の胸がどくんと弾んだ。
「それからだよ、俺達の関係は。ばれないようにしていたつもりだったのに、半年くらいであっさりばれた。俺は当然スタッフを降ろされて、僻地へ配属され
た。最北の国境警備なんて、そんなわけありのやつらばかりで……毎日色んな意味で荒んでいた日々だった。それが、ほんの一ヶ月ほどで元の部署へ戻された。
なんでか分かるか?」
デールの問いに陸はかぶりを振った。
「ノインが助けてくれたんだ。異次元との移動を三年で実用化できるようにするなんて、無理な約束をして」
デールが唇を噛む。
「その約束の、今年は最後の年なんだ」
力のない声でデールは続けた。