「はぁ……」
ため息をつくと、陸はベッドから起き上がった。
久しぶりに外出して疲れているはずなのに、眠れなかった。
過激なジェットコースターの所為かもしれないとも思う。もしくは、ノインが気になるから。

部屋に戻ってからのノインの不機嫌は今までにないものだった。
陸が知っているノインは、少し表情を変えるぐらいでいつも穏やかだ。それが、訳のわからないたぶんこちらの世界の言葉をわめき散らして、食事も取らずに実 験室に鍵をかけてこ もっている。
デールが任せてくれればいいと言い、疲れているだろうからもう寝ろと言われて部屋へ戻ったけれど、寝られなかった。
部屋に戻ってしばらくはデールとノインが言い合う声が聞こえた。けれど、それが聞こえなくなって、そっと廊下を覗いてみたら、デールが実験室の前で立ち尽 くしていた。だから、まだノインは実験室にこもっているのだろうとその時は思った。
今は?
そう思うけれど、自分がでしゃばったところで、何も解決はしない。

「水でも飲んでこよっかな」
このまま眠れそうもなかったから、陸は起き上がる口実を作った。
テーブルだけが置いてある食堂の奥に小さなキッチンがあり、そこに冷蔵庫がある。その中には、いつも口当たりのいいデザートの類や果物や飲み物が冷やされ てい た。
ドアを開けて廊下を覗くと誰もいなかった。
デールがうまくノインを宥めたのか、でも、最後に見たデールの姿からデールが諦めて帰ってしまったことも考えられた。
けれど、陸には何もできない。
陸は目的を果たすためにドアを閉めて廊下を出た。一、ニ歩歩いて聞こえてきた声に、陸は思わず立ち止まってしまった。
声はノインの部屋の方から聞こえた。
悲しげにも聞こえた声は泣いているのかもしれないと陸は思った。
デールが帰ってしまって、ノインが泣いているのかもしれない。
デールと陸が戻ってから、結局ノインは陸が分かる言葉で一度も話してくれなかった。だから、ノインがなぜそこまで荒れているのか分からない。
デールと一緒に部屋を出たときから、ノインの機嫌は悪かったのかもしれない。デールは実験室には行かない方がいいと言った。
なのに、二人で出かけてしまったから、ノインは怒ってしまったのかもしれない。ずっとこの閉鎖された空間にいて、ストレスがたまらないわけがない。

どうしよう、と陸はしばらく立ち尽くしていた。
前に行くことも戻ることもできなくて、少し迷った後、陸はノインの部屋の前に立った。
耳を澄ませても、何も聞こえてこなくて、そら耳だったのかなと思った。寝言だったのかもしれない。
そう思っても離れがたくて、けれど、寝ているなら何も起こすこともないだろうと思う。
どうしようと思っていると、また悲しげな声が聞こえた。
「ノイン? 」
小さな声で呼んでみたけれど、答えはなかった。
陸はそっとドアを開けた。寝ていたら、声はかけずにそっとドアを閉めようと思った。
ノブに手をかけてドアを開けると荒い息遣いと湿った音が零れてきた。
――――え?
静かにドアを開けて、そっと覗き込んだ先に見えたものは、想像もしていなかったことで、陸は一瞬体が固まった。
急いでドアを閉めると、パタンと小さな音がした。
あ、と思ったけれどそれは後の祭りで、陸はドアの脇にしゃがみこんでしまった。
「デールっ……」
ドアの向こうからくぐもったノインの声が聞こえた。その声に今見た光景が脳裏に蘇えった。
一筋通った明りの中、ぴちゃぴちゃと湿った音と熱い吐息の中で組み敷かれる影と覆い被さる影が動いていた。
その二人が誰なのかは考えなくても分かった。
そういう関係なのだと知ってしまったこともショックなら、見てしまったこともショックだった。一度っきりだけれど見てしまったDVDなんかよりもずっと下 半身にきた。現に今立てずにいる。さっき見た絡まっている二人が頭から離れない。このドアの向こうで、きっとまだ続けられていることを思うと陸は体が熱く なった。
――――男同士だろ?
有り得ないわけじゃない。けれど、陸の身近にはいなかった。
頭の中を突き抜けていくような一際高い声が聞こえて、陸は背筋がぞくっとした。何もしているわけじゃないのに息が荒くなる。
頭の中を振り払うようにかぶりを振って、気持ちを落ち着けるようにゆっくりと息をした。
恋人同士なのかな? と思う。
デールが来ると、確かにノインは嬉しそうだった。
けれど、この空間で見たことがあるのはノイン以外マリーとデールしかいないから、それは誰かが来てくれたことを喜んでいるのかと思っていた。
恋人なら自分を置いて他の誰かと出かけたりしたら怒るだろう。デールがそんなことも分からない人だとは思えない。
ここに居たらまずいかなと思いながらも、重い腰はなかなか上がらなかった。
「よいしょ……」
少し熱が収まってから、陸が小さく声を零しやっと立ち上がると、脇のドアがかゃっと開いた。
隠れるところなどなかった。
部屋から出てきたデールは陸の姿を見て少し驚いた顔をしたけれど、音がしないようにゆっくりとドアを閉めて、そのまま手を陸の肩へと持ってきた。
「あ……」
陸が声をあげると、厳しい顔で人差し指を口元へ持っていく。黙れということなのだろうと思って、陸は口へ手を当てた。
デールに促されるまま、進むと陸の目的の場所だった食堂の前で止まり、部屋を指差す。中へ入れということなのだろうと思って、陸は頷いた。
ドアを開けて陸が部屋の中へ入ると、デールは何か言って実験室の方へ行った。
言葉が分からないことは知っているはずだ。何を言われたのか分からないまま、陸は部屋の奥へ行った。
喉が渇いていた。当初の口実は必然になっていた。

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