「これは、石」
で?
陸は自分の言葉に疑問を投げかけた。
一番簡単そうだ、と思ったものを手に取ったのに、次の言葉がでてこない。
「で?」
まるで双子のように、陸が頭に描いた言葉をノインが声にだす。
「岩が小さくなったもの? 」
最後は疑問形になってしまった。
「うん、それで? 」
ノインに促されても、次はでてこない。
陸が困っていたら。
「地層の固い岩盤から取り出されるもの。川などで流されて小さく丸くなっていく。用途は色々、大きいものは建築の材料に使ったり、小さなものは庭に撒いた り」
声がでない陸に痺れをきらせたのか、まるで、辞典を読むようにノインは言葉にした。
「なんだ、知ってるんじゃん……」
やさぐれた気持ちになってくる。知っているのに、何のためにわざわざ説明させようとするのか。何も知らないと、また馬鹿にしたいんだろうかと思えてきた。
「陸の脳から取り出した情報だよ。どこかで習ったんだろ? 」
「そんなの、覚えはないよ」
言われればそうだと思った内容だけれど、いつどこで自分が仕入れた情報かなんてことは分からない。
「記憶の底に沈んでいるものは取り出しにくいからね」
確かに忘れているものはあるだろう。けれど、記憶を全て取り出されてしまったのならば、もう自分に用はない気がする。
「なら、僕に聞く必要ないじゃん」
必要ないのなら、帰してくれればいいと思う。たとえ、テストの返却に間に合わなかったとしても、大事なことはそれだけじゃない。
「確認作業でもあるんだよ。こうやって会話するのも、分析の結果があっているのかどうか確かめているんだ」
「え? まさか、全部確かめるの? 」
陸自身いったい自分の脳の中にどれほどの記憶があるのか分からない。とは言っても十六年生きてきたのだから、それなりの量はあるはずだ。
「いや、その必要はないよ。いくつか検証すれば推測できることは多いし、大きな疑問を優先的に。あとは時間との相談だね。僕だけのペースで進められること じゃないから」
「え? 一緒に研究している人がいるの? 」
思わず周りを見回してしまった。
ベッドルームはひとつしかないようだし、複数の人間が生活しているような匂いは感じなかった。
「まあ、色々あるんだよ。計画とか予算とか。実績を出さないと研究自体を削られるとか。まあ、陸には関係ないことだけど、研究自体削られることになると、 陸を返してあげられなくなるかも――――」
「それは、困るよっ!」
ノインに詰め寄ろうとした体は後ろから押さえ込まれた。
「大丈夫です。ノインを信じてください」
似合わない機械的な声が耳元で囁かれる。
言われなくても、ノインを信じるしかないことは分かっていた。
「絶対、家に帰してよ」
頼れるのはノインしかいなかった。
「約束するよ、陸。一年以内に成果をあげて、陸を返してあげる」
ノインが口元を緩める。
同じ顔で断言されても不安は残るけれど、少なくとも自分にはノインの作った翻訳機みたいなものだって、一生かかって作れるかは分からない。
同じ顔をしていても中身は違う――――情けないと思いながらもそれは事実で、そうでも思わないとやってられない。

「じゃあ、続けようか」
ノインの言葉にデールが体を離してくれた。
「もう、これはいい?」
陸は手の上の石をノインに示した。
「あ、うん。僕が質問した方がいいみたいだね」
ノインが席を立ち、箱の脇へ椅子を持っていき、そこへ腰を下ろす。
「陸も椅子を持っておいでよ」
そう言われて、陸があたりを見回すとデールが陸の方へ椅子を転がしてくれた。椅子を受け取ると、押してノインのところまで行き、ノインに促されるまま椅子 に座った。
「いいよ。それを戻して」
ノインに言われて、陸は石を箱へ返した。と、同時にノインは眼鏡を手に取る。
「これは、何?」
「眼鏡」
「視力の弱い人が矯正するためにつけるものだね」
「うん」
自分の解説なんて必要ないんじゃないかと思えるほど、ノインの知識は正確だ。
「誰のものか分かる? 」
「ううん」
陸はかぶりを振った。
だいたい誰がどんな眼鏡をかけていたかなんてあまり覚えていない。勉強するときだけ眼鏡をかけるやつや、コンタクトレンズのやつもけっこういる。
「陸の周りにいる人のはずなんだけど」
「そう言われても……」
思い出そうとしても、誰も出てこなかった。
「まあ、通りすがりの人っていう可能性もあるけどね」
「え……」
もし歩いているときに突然眼鏡が消えてしまったら、大変なんじゃないか
と思った。
「ここにあるものは、必ず僕の傍にあったものってこと? 」
ノインの言葉を信じればそうだ。
「そういう推測を持っている。もし、違っていたら理論が違うわけで、修正しなきゃいけない」
「まさか、帰れない? 」
「そうならないように、やってるんだけど」
そうであっては欲しい。
「絶対とは言えないだろ? 何事も」
続けられたノインの言葉に陸は頷くしかなかった。

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