「何をすればいいの? 」
陸はノインを見上げた。
早く帰りたいならノインに早く成果をあげてもらうことだ、という結論に達した。

「いいよ、少し休んでからで。それに、あれだけでお腹は足りた? 足りていないのなら食事の支度をしてもらうよ」
成果を急かされているというわりに、言うことは暢気だったりする。
「早く帰りたいから、時間が惜しいんだ」
一分でも、一秒でも。
「テストが返ってくるから? 」
ノインの問いかけに陸はかぶりを振った。
五日も経っていると聞いた後では、それはもう意味がない。
「早く家に帰りたい……それだけだよ」
こんな自由もない、訳が分からないところに居たい訳がない。
突然、頭にぽんと手を乗せられた。
驚いて振り向くと、デールが複雑そうな顔をして、それでも笑いかけてくれていた。
「それは当然だと思います」
聞こえる声は大根役者より酷い棒読みなのに、陸は胸が熱くなった。悪い人じゃないと感じるものがあった。
「じゃあ」
ノインが言うと、デールがマイクを外してノインに何か言った。
当然、それは、意味の分からない言葉で、それにノインが答える。言葉が分からない。それだけで二人と隔たりを感じる。
マイクを外したということは自分に聞かれたくないことだったかもしれないと陸は思った。自分の知らないところで、何を言われているのか分からない。そのこ とが不安を増した。


「じゃあ、陸」
ノインの声に、陸はノインへ視線を向けた。
「箱の中のものを説明してくれる? あ、さっきの消しゴムも」
「消しゴム? あれは、書いたものを消す道具だよ」
言葉はぶっきらぼうになった。
「ずいぶんと大きなものを使っているんだね。邪魔じゃないのか?」
余計なお世話だ――――と言いたくなったけれど、言葉は収めた。
「使いやすいから好きなんだ」
「みんな、あんな大きなやつを使っているのか? 」
「ううん。僕が知っている限りでは僕だけだけど」
決まった店だけだけれど売っているのだから、他にも使っているやつはいるはずだ。掌にのせると三分の二くらいの大きさのある消しゴムは確かに大きい。 けれど、自分のものだとすぐに分かるし使いやすいから重宝していた。

「陸の周りのあるものは、特殊なものばかりなんだね」
ノインがため息をつく。
「そんなことないよ」
それほど変わっているとは思わなかった。
ちょっと甘すぎたり、ちょっと大きかったり――――そんなものだ。

「箱の中に入っているのは、たぶん、陸の周りにあったものだと思うから、まあ、推測できるものもあるけど、一応説明してくれる? 」
「あ、うん」
頷くと、陸は立ち上がった。
そういう話だった。
箱の中のものは透明な袋に一つづつ入れられていた。
石やら、誰のものか分からない眼鏡やら、傘もあるし、小銭もあった。大きい袋の中に丸められている紙のようなものがあって。
「開けていい? 」
振り返ってノインに訊くと、「いいよ」と答えてくれる。
なんだろうと思って開けて見ると、今売り出し中の『GAT-TEN』のポスターだった。
「これ……」
姉の海が行きつけのCDショップからやっとのことでもらってきたと言っていたものだったはずだと思った。
大事なものだとクローゼットの奥深くにしまいこんでいたはずのもので、無くなったら、気が狂ってもおかしくはないと思われるしろものだ。
得意げに見せびらかして、ちょっとでも触ろうとすれば、声の前に手が飛んできた。
それからというもの、火の元にはうんざりするくらいうるさかった。
『もし、火事にでもしたら一生恨んでやる』とまで騒いでいた。
そりゃ、火事は怖いけど、酷く映りが良いらしい一枚のポスターでそこまで神経質になれることが驚きだった。
それが、なくなっていると知ったら……考えるだけでも恐ろしい。

「それも、大切なもの? 」
ノインの声が背中へかけられる。
「うん」
もし、自分が帰れるときがきたら、これは持って帰らないといけないなと思った。自分の安全のためにも気が狂った姉は見たくはない。

もう一つ。
薄い黒い箱が気になった。
DVDの箱だよな、と思う。ラベルも貼っていなければ、どんなものかを示す写真やイラストもない。
陸は手に取って袋から出すと、ケースを開けた。そして、すぐに、ぱたんと閉めた。
『制服を脱いだら……』というタイトルがしっかりDVD本体には書かれていた。
たぶん、父のものだと思う。こんなもの買ってきて、と母に言われていた一品だ。あの時はセーラー服を着たどう見ても二十歳すぎだろうと思う女が映った写真 付きだったのに、それは外したらしい。この場合、それは良かったってことなのだろうと思った。
「それは、何か機械を通して見るものだろ? 」
「……うん」
一応答えた。つく嘘も思い浮かばない。
「わざわざ、見るためのものを作って見る価値があるものかな? 」
「そんな価値は、絶対にないっ!」
陸は即答していた。
つか、見ないでくれと思う。
深夜、一人で見るのが心細かったのか心苦しかったのか、お前も見るか? と訊かれて陸は頷いていた。好奇心はあった。
けれど、乱れた制服姿で男にまたがって喘いでいる女には嫌悪感しかもてなかった。決して抜ける代物なんかじゃない。男のものが異様にでかくて、それが今で も頭の片隅にこびりついている。制服ははだけてはいても脱いではいなくて、見せられない体なんじゃないかと勘ぐってしまう。タイトル詐称も甚だしい。これ ばかりは無くなった ことを知ったら父はほっと胸を撫でおろすんじゃないか、と思う。DVDを見終わった後のしんとした室内での微妙な空気は二度と味わいたくないものだった。
こっちの世界でもそれ系のものは何かしらあるのだろうとは思うけれど、見て下さいと大声で言える代物では絶対ないと思った。
せめてもっと若いやつを使ってくれよ、とは言えないし、今言ったところで、手遅れだ。

「どれから説明してくれる? 」
ノインの言葉に、陸は石を手に取った。

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