「とりあえず、着替えたら? 」
ノインがベッドの脇にある籠を指差す。
「僕ので悪いけどそれを着てくれる? 後でカタログを見せるから欲しいものを言ってくれたら、すぐ取り寄せるよ」
――――カタログ?
まあ、家でネットショッピングとかも普通にあるけれど。
「外へは出ないの? 」
ドアさえも見つからないビルの一角だ。
「たまには出るよ」
「どうやって?」
どこから出られるのだろう。そんなところは見つからなかった。
「部屋を出て左、かな? ドアがあっただろ? 」
あったのは銀色の壁だった。
「なかったよ、ドアなんて」
「普通のドアじゃないよ。生体認識で開けられるドアだ」
「生体認識? 」
「登録されたごく一部のスタッフしか出入りはできない」
――――スタッフしか?
「ノインは? 」
部屋を見てまわっても誰もいなかった。住んでいながら出られないなんて考えられない。
「僕も、スタッフと一緒でなければ出入りはできない。それもそのスタッフが健康体であることが条件だ」
「健康体?」
いちいち言葉に引っかかってしまう。
「例えば、そのスタッフを脅したり傷つけたりしてここから出ようとしても無理ってことだよ」
「出られない? ノインも」
――――僕だけじゃない?
「だから、スタッフと一緒なら出られると言っただろう。外に出たければ、スタッフを呼べばいい。それだけだ」
それだけ――――とは陸には思えなかった。
「ここは、どこ? 」
周りを見回しながら訊いた。
白い壁に囲まれた、きれいだけれど冷たさを感じる建物だった。
「だから、パラレルワールドだと言っただろ」
「違うよ」
陸はかぶりを振った。
「この建物だよ、ここはいったい何? 」
出入りする人が厳重に管理され、居るものには自由が与えられない場所。
そんな場所を陸は知らなかった。
「ここは、大学の研究室だ。国中から集められた特異な才能をもつものに部屋を与えられ、研究に没頭できるようになっている」
――――研究?
「ノインは何の研究をしているの? 」
「次元を超えた物体の移動。キミがこちらへ来たように、同じような空間を持つであろうパラレルワールドへの移動がテーマだよ。キミたちの世界でも、より遠 くへ、知らない世界へ行こうとしていないか? 常に、より知りたいと思うのが知的生物だろ? 」
ノインの言うことは分かる気がした。
けれど。
「そりゃ、宇宙とかへの探索とかはしてるけど」
パラレルワールドなんて夢の夢だ。
「宇宙へは当然行っているよ。ずるいよね、あっちは距離の課題を克服すればいいだけなんだから、時間があればどうにかなる」
「距離だけって……」
隣の星へ行くのさえ十分大変だと思う。
「こっちは手探り状態だから、向こうより遅れていて、せっつかれていて、だから、ちょっと無謀かなって思ったけれど、高度な知能を持った生き物が欲しかっ たんだ。無機質なものを手に入れてもそっちの世界の様子はよく分からないから」
「無機質なもの? 」
高度な知能を持った生き物は人間だろうと推測できる。世界を理解して作っているのは人間だ。人間をとっ掴まえてくれば、そりゃ一番様子が分かるだろう。
だけど。
その前に、無機質なものも呼び寄せていた? 無機質なもの?
「例えば、これとか」
ノインは白衣のポケットの中から白い四角いものを取り出した。
「ああ――――!」
叫び声は途中で絶句に変わった。
ノインの手の中には、試験中になくなった消しゴムがのっていた。
「これが一体何をするものなのかも分からない」
「消しゴムだろ!」
こんな所にあった。
「これがそうか。陸にとって大切なものらしいね」
ノインの言葉を聞いた途端に陸は脱力した。
「なんでそんなこと分かるんだよ」
大切なものには違いないが、もっと大切なものはたくさんある。
「陸のことをちょっと調べさせてもらったけれど、脳の重要事項のところに刻み込まれていたから」
「はあ? 」
「ちょっと脳の記録を取らせてもらった。その情報を分析して。だから、こうやって話もできるんだ。完璧とはいかないまでも、別に困らないだろ? 」
ノインの言葉に陸は言葉を詰まらせた。
異次元の世界へ来てしまったことが信じられないほど全然困っていない。
もしかすると、頭ン中全部見られたってこと? そう思ったら、陸は急に恥ずかしくなった。
「まあ、分からないことも多かったけれどね。それに、思ったより情報少なくて……あんまり使ってないんだね」
「余計なお世話だっ!」
思わず叫んでいた。
勝手に見ておいて文句まで言われたくない。
ノインは少し驚いたようで、少し口をあけたまま呆然と陸を見ていた。
少し沈黙の後、ノインが軽く笑う。
「そうだね。違う世界には違う世界なりのやり方があるんだろう。着替えたら見て欲しいものがあるんだ。早く帰りたいなら、時間は大切にしないとね」
ノインが立ち上がった。
「実験室分かる? 」
陸に向かって言う。
「たぶん……」
あの訳がわからない器具がいっぱいあったところだろうと思った。だいたい、全部の部屋を見たところで、それほど時間がかかるわけでもなければ、迷子にはな りそうもない。
「じゃあ、実験室で待っているから来て」
陸の答えは待たず、ノインは白衣を翻しながら颯爽と部屋を出て行った。

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