「は? え? ほ? 」
陸の口から出たのは意味のない声だけだった。
――――パラレルワールド?
どこだ、そりゃ。
「まあ、驚くのは分かるよ。こっちの方が科学は進んでいるみたいだから」
「は? こっち? 」
科学を口にするだけあって、黒の上下に白衣なんかをはおって大きな机の前でふんぞり返って座っている。
「おいおい説明するよ。で、言葉は通じてる? 」
「は? 言葉って? ばりばりの日本語喋って何言ってんの? 」
「ばりばりの日本語? 」
向こうが首を傾げた。とりあえず、自分じゃないらしい。
「なんか、時々分からない言葉があるんだよね」
一旦言葉を止めた。
「まあいい。どうせどうでもいいことだろう」
勝手に結論をだしていた。
「簡単に言うと、パラレルワールドっていうのは、同じ時間軸上にある違う空間のことだよ」
「はあ? そんなの知ってるけど、空想上のモンだろ」
言いながら陸はまだ夢見ているのかなと思った。けれど、自分自身に触れてみると感触は現実のものだ。
「だ・か・ら、そっちは遅れてるって言ってるだろ」
「言ってること分かんないんですけど」
「え? 通じてない? 」
「いや、だから。パラレルワールドなんて現実に存在しないでしょ」
向かいあってるやつはいったい何者なんだろうと思う。外見は自分にそっくりだ。双子と言っても過言じゃないというか、双子以上に見えた。
小学校の時に、一卵性双生児の子がいたけれど、ちゃんと区別はできた。よく似ているけれど、雰囲気とかちょっとのことに違いはあった。
なのに、目の前のやつは、着ているものは違うけれど顔なんてまるで鏡を見ているようだ。
それに。
ここはどこなんだろう。
向かい合うやつの後ろに窓はある。けれど、その先には空しか見えない。
――――まだ夢の中?
手を撫でてみたけれど、しっかりとした感触があった。どこか頼りない夢の中とは違う。
「まあ、いいや」
向かい合うやつが小さくため息をついた。
「ところで、きみの名前は陸でいいのかな? 」
「そうですけど……」
なんで知っているのかというべきか。それとも夢の中だから当たり前だと言うべきか。
「陸って大地のことだよね」
「そうですけど」
何を今更な質問だ。
「そっちでは、そういう名前の付け方するんだ」
いや、だから……。
「あなたの名前は? 」
やっぱ、知らないといろいろ不便だ。
「僕は、ノイン」
「ノイン……」
顔は普通の日本人なのに、カタカナな名前がなんか合わない気がした。
「年はキミより二歳上だよ」
「そうですか」
と言うしかない。
そう言われてみれば、自分より少し大人っぽいような気がする。
「で、とりあえず、家に帰りたいんですけど」
希望を言ってみた。自分で自分をどついてみたらいいかな? なんて思ったりするけれど、まあ、学校は休みだし急ぐことはないから、夢に少し付き合ってもい
いか
ななんて思う。話のネタになるかもしれない。
「今すぐは無理だよ。色々聞きたいことがあるから。その後で、返してあげたいけど、まあ、たぶん帰れると思うけどね」
――――たぶん?
たぶんじゃ困るんだよ。明日テストが返ってくるんだ。
「で、いつ帰れるんですか? 」
一応聞いてみた。
「僕の一存じゃ決められないし、まあ、しばらくのんびりすればいいよ」
――――はあ?
「しばらくってどのくらい? 」
「うーん。実験の進み具合にもよるし、一年はかからないと思うけど」
―――― 一年?
はっきり言って付き合ってられないと陸は思った。
だから、頬をぱしんと一発はたいてみた。
頬にじーんときた痛みときれいな音がしただけで、何も変わらない。もう一発反対を叩いてみたけれど、結果は同じだった。
そんな気はしていた。
「ここはどこ?」
呆れ顔で見ているノインに問い掛けた。まだ信じられずにいる。
「言っただろ、パラレルワールドだって。キミたちと時間軸を同じくする別の世界だよ」
「なんで僕がこんなところにいるのさ」
ベッドに入って大人しく寝ていただけだ。
「呼び寄せたんだ、僕が」
――――余計なことを!
「明日テストが返ってくるのに――――」
それもそうだけど。
「親だってきっと心配してる」
体はここにあるわけで、突然消えたことになっちゃっているんだろう。
「大丈夫だよ」
ノインが自信ありげに言う。
「名誉なことだから」
――――はあ?
「きっと、のちのち名前が残って語り継がれることになる」
「何言ってんだよ」
こいつの言うことはさっぱり分からない。
「今、偉大な計画が進行しようとしている。それは、キミの世界にだって悪いことじゃない。一年あれば何らかの成果がでる。というか、出さなきゃいけないか
ら、そうすれば、キミは英雄だよ」
「別に、英雄になんかなりたくないよ」
そんなの面倒そうだ。それより、目先のテストで隆太郎に勝てた方がいい。差し合って気になるのは、明日返される答案だ。
誰かが家まで届けますなんて言ってくれたものなら、封筒に封をされて渡されたとしても、絶対開けて回される。
こんなところ間違ってるよ、と笑い者にされるのは必至だ。
「まあ、そんなこと言わずに。もう決められたことだ」
人の気など知らずに、ノインは暢気に言う。
「勝手に決めるなよ」
元の世界に戻れなければ、今までの苦労が全部水の泡だ。
「でも、キミは今ここにいるだろ? 」
勝手に呼び寄せたくせに――――。
「帰るさ」
陸はベッドから降りると、ノインとは反対側に位置するドアを開けた。
なんか訳のわからないことを言っているが、変な誘拐犯かもしれない。
あんぱんを盗んだ泥棒の一味かもしれない。
ノインは呆れたような顔をしながら、席から立とうとはしなかった。
ドアを抜けると廊下になっていて、向かいあうように四つか五つの部屋が並んでいた。その先に、銀色のドアのようなものがある。近づいてみると、取ってもな
く押してもびくともしない。反対側の奥は窓になっていて、そこが出口だとは思えない。それでも、行って下を覗いてみると、地面ははるか下にあった。
ひとつづつ部屋を覗いてみても、空っぽだったり、ただ荷物が積まれていたり、ジムのような運動器具がある部屋や、住まいに使っているらしいベッドが置いて
ある部屋、本棚が並んでいる部屋、訳がわからない実験用具みたいなものが並んでいる部屋、テーブルと椅子だけがある部屋、ゲストルームらしいきれいに整え
られたベッドと机が置いてある部屋、と、外へ出られるようなところは無かった。
諦めて部屋に戻ると、ノインはにっこり笑った。
「家に帰らせてよ……」
悔しいけれど、こいつに頼むしかなさそうだった。
「だから、言っているだろ。その時が来たら帰してあげるよ。そのためにはキミの協力が必要なんだ、陸」
ノインの笑顔が変わっていき、最後には真剣な顔になった。
「こんなことあっていいのかよ……」
ぼやきが出る。
人生最大の危機かもしれないと、陸は思った。