窓から見える空は真っ暗な中にぽっかりと黄色く丸いお月さまをたたえていた。
ベッドの縁に座って、陸は月をぼんやり見ていた。
大輔が髪を拭きながら部屋に入ってきて、
「ピッタリだな」
と言うと笑った。
「うん」
大輔が部屋着にとスエットの上下を買ってくれていた。
弁当を食べてから、お風呂に順番に入った。
「何を見ていた?」
大輔が隣に座ってくる。
「何にも。ただ待ってただけ」
何かを見ている意識はなかった。
「何を考えてた?」
大輔が肩に手を回してくる。
「何も考えてないけど……」
「けど?」
肩をぎゅっと抱かれた。
「もう、置いていったりしないよ、ね」
もう、あんな思いはしたくない。
二人で食事して幸せで楽しくて、先にお風呂に入らせてもらって交代に大輔がお風呂に入りにいって、一人になったら少し不安になった。
「もうしないよ……」
大輔が声を落とす。
「僕の幸せを勝手に決めないでよ」
自分のことだから自分で決めたい。
「分かったよ、陸」
大輔は両腕で抱きしめてくれた。
「そんな風に気をつかってもらわなくて済む様に、向かい合えるように大人になるから、もう少し待って……」
年の差は縮まらないけれど、いつまでも子供ではいたくない。
「もう十分だよ、陸。あまり責めないでくれ。お前を少し子供扱いし過ぎた。それは、もう分かった……」
大輔の声に苦しさを感じた。
「責めてなんかいないよ」
大切に思ってくれているのは分かっていた。
「約束は?」
陸は大輔を見上げた。
大輔は目を細め、
「キスだけでいいのか?」
そう聞きながら抱きしめてくる。
「ううん」
陸は頭を振った。
顔をうかがうように覗き込んできた大輔に唇を塞がれて、そのままベッドへ押し倒された。
もう、キスだけじゃがまんできない。
知ってしまったものがあるから望んでしまう。大輔だから全てを預けられた。


「はぁ……」
熱い息が零れる。手はシーツを握り、足はシーツをすべる。くちゅくちゅと湿った音が耳に響いて、身体の内側を大輔の指がかき回す。
「環が慰めてくれると言ったんだろ?」
大輔が聞いてきた。
「そんなことも……言ったの?」
他人にましてや大輔に言うとは思わなかった。
「邪魔が入って残念だった、と言っていた」
「あれは……あれは、からかわれただけだよ」
環が無理強いするとは思いたくなかった。
「そうかな? 俺は本気だったと思うよ」
「え?……っ」
大輔の指がポイントに触れて、身体はぴくんと弾んだ。
「あいつには遊びのひとつで快感を得るものという認識しかない。そこから入っているからな。一度本気で人を好きになってみろとは言うんだが、それは強要で きるものじゃないからな」
「んっ……、じゃあ、……っあ」
優しく撫でられて、身体も意識も大輔の声が少し遠くなって、何か言おうとしても言葉がまとまらなくなった。
「あいつはすごく巧いらしい。抱かれていたら、俺のことなんて忘れたかもな」
「そんなこっ――」
陸は大輔の肩を掴んだ。
「いやだ……大輔さんが……いい……」
あの時は身体は確かに反応して、でも、落ちていきたくはなかった。
大輔がちゅっと軽く唇に触れてくる。
「誰にも渡さないよ」
指を抜くと、ぎゅっと抱きしめてくる。
身体をひっくり返されて、後ろから腰を持ち上げられた。あてがわれるものを感じて、それはゆっくりと中を満たしていく。
「渡せない」
大輔の声が遠く感じた。

身体を揺らされて、意識も揺れていて、「陸」そう呼ぶ大輔の声が心地よく耳を満たして、快感の波が身体の中をうねる。
「んっ、」
擦れあうところが生み出す熱が身体の中を駆け回る。
イきたくて、でも、イきたくなかった。ずっと身体の内に感じていたかった。
そんな中で、
「イきたいんじゃないのか?」
大輔が下腹部を優しく包み込んでくる。
「あ、だめっ!」
先端を撫でられて、
「いっ……」
強い刺激が身体を追い立てる。
我慢できなくなって、大輔に合わせるように自分も身体を揺らしていた。
くちゃくちゃと擦りあうところがたてる淫猥な音と大輔の熱い息づかいと自分の息づかいが洪水のように頭の中で響く。
大きな愉悦の中で突き抜けていったものは頭の中を真っ白にして、身体の力を奪っていって、大輔の腕にようやく支えられていた。
抱き込むようにされてベッドに転がって、耳に大輔の熱い息を感じた。
触れる体温と心臓の鼓動と、回された腕の強さと、それがこの人であることが幸せなのだと陸は感じた。

静かだった。外から車の聞こえてきて、その車が通り過ぎると、また静寂が戻ってきた。
肌が触れているのは安心するけれど、汗とジェルでべたべたした体は気持ちよいものではなくて、けれど、大輔は動く気配はおろか声をかけてくる気配もなく て、そのうち聞こえてきたのは寝息?と 思うと陸は後ろを向いた。
しっかりと抱いていてくれた思っていた腕は陸が動くと簡単に解れるほど力を失っていた。
「だ……」
呼ぼうと思って陸はやめた。
疲れているのかな、と思った。なら、このまま寝かせてあげたい。
でも。
――どうしよう
いかんせん、自分が抱いて連れていけるわけがない。タオルで拭っても、汗はともかくジェルは取れないような気がする。
結局起こすしかないと思った。
「大輔さん?」
一回呼んでも起きてくれなかった。
「大輔さん?」
今度は呼びながら肩を軽くゆすった。
「ん?」
ぴくっと身体が反応して、大輔が薄く目を開ける。
「陸?」
手を伸ばして頬を撫でてくる。
「寝ちゃってたから……疲れてるんだね」
代われるものならと思っても、どうにもできない。
「いや」
大輔が緩くかぶりを振る。
「いいんだ。分かってる。お風呂で身体流してきて。シーツとか換えておくから」
それくらいならできる。
「ホントだよ、陸。ただ、安心しただけだ」
腕を伸ばしてきて、その腕を背中へ回してきて、すぽっと腕に包まれていた。
「お前がいなくなって、俺は自分で思っていたより打撃を受けていたらしい」
ぎゅっと抱きしめてくる。
「シーツなんか後で換えればいい。一緒に行こう。今はお前と居たい」
頬に唇で触れてくる。
「うん」
そんなのはお安い御用だ。
でも。
「今だけじゃなくて、これからずっとがいい」
「そうだな」
大輔が笑う。応えるように陸も笑った。


------------


桜の花びらが散り始めていた。
「荷物って意外にあるんだね」
部屋に積まれたダンボールを見て陸は思った。
「そうだな」
大輔は最後のダンボールにガムテープを張っていた。

大輔の転勤の話を聞いたのは国立大学前期試験の三日前だった。
どうしても会いたくて、我がまま言って少し時間を作ってもらった。
会った途端にすっと逸らした視線に感じた違和感を問い詰めると、転勤の内示があったと大輔はしぶしぶ漏らした。
まともに受けても通るかどうか分からない試験ではあったけれど、それを陸は故意に落とした。そして、後期試験で大輔の転勤先にある大学を選んだ。

「本当に良かったのか?」
大輔が不安そうな声を出す。
「うん。勉強ならどこでもできるよ」
ただ。
「それとも、邪魔?」
陸は大輔を見た。
「そんなわけないだろ」
大輔が不服そうな声を出す。
試験の日にあわせてもらって、二人で転居先を探しに行った。2LDKのマンションがこれからの新居になる。
大輔の転勤先が偶然同じだったと言った説明をどこまで信用してくれたかは分からなかったけれど、親からは反対されなかった。
三日前に合格通知が届いた。
あまり時間はないけれど、家事も少しづつ母から教わっていた。
「今は一緒にいたいんだ」
陸が言うと、
「これからずっとじゃないのか?」
大輔が不満そうに言った。
「これからずっとだよ。だけど、今は特に」
数年で戻ってくると言われても、月に一度は会いに来ると言われても、離れたくなかった。
「すぐ行くから待っててね。今度は僕が料理を作ってあげるよ」
今までのお礼に。
「楽しみだな」
大輔が立ち上がると、外からクラクションの音がした。
「来たみたい」
引越しのため頼んだ業者だと思った。
「ああ」
大輔は軽く唇に触れると、玄関を出て行った。
これから行く新しい土地で新しい生活が始まる。それはきっと楽しいだろうと陸は思った。

Fin



最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
甘い新婚生活を送ってくださいということで、エンドマーク。
二人でいられれば、どこででも生きていけそうな気がします。また、そうしていくと思います。
現実にそぐわないところが多々あるかもしれませんが、フィクションということで大目に見ていただければ幸いです。
ほんと、長かった!その間、拍手・コメント・メッセージをいただきましてありがとうございました。陸を 応援していただいたことはとても嬉しかったです。

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