大輔が言った通り、あまり待たずに大輔は電話をくれた。
「少し休めと連休をもらったよ」
大輔は笑いながらそう言っていた。
バレンタインデーから一週間ずれた週末。ちょっとあそこは無理だと大輔は残念そうに言ったけれど、陸はそんなことはどうでも良かった。
日月の連休で、その気があるなら、土曜日から来てもいいと言われた。行かない理由はなかった。
風はまだ冷たかった。暦は春になったと言っても、季節はまだまだ冬だった。
早く来たところで、大輔がいないことは分かっていたから、家に一度帰ってそれなりの用意をした。
大輔の家で勉強会という言い訳は即OKが降りて、大輔の名前をだせば全てが通ってしまう気がするほど、肩書きの大きさを実感した。
大輔が家まで来てくれたことも大きかったみたいで、今までしてきた言い訳の裏付けができた形になった。
窓は薄く白い幕が張っているようだった。手で拭うと幕が水滴になる。外は暗くてあまり見えなかった。
帰ってこれる時間は分からないから、夕飯は好きにするように言われていた。だから、弁当を二人分買ってきた。日付が変わるような時間になるかもしれないか
ら、先に寝ていろとも言われた。日曜日の朝早く来ればいいとも言われたけれど、少しでも早く会いたいと思った。部屋を暖かくしておいてあげて、せめてすぐ
に温かいお茶ぐらいは出してあげたいと思った。
けれど、それは、まだまだ先のことだと思った。
日が落ちてまだそれほど時間は立っていない。確実にあと数時間は一人でこの部屋で過ごすのだろうと思う。
「迎えに行こうかな……」
大きな一本道を迂回する理由はないはずだった。
――でも
いつ帰ってくるか分からない人だった。
「何していよう……」
勉強道具は持ってこなかった。持っていたらしろと言われそうで、それより、二人の時間を共有したかった。
この次会えるのは、いつになるか分からない。
外もよく見えないのに、窓際に立っていた。そこが大輔に一番近い気がした。
不意に階段を上がる足音が聞こえてきて、もしかしたらと思う気持ちを胸の奥に押し込めた。ぬか喜びになるのは分かっていた。この時間に帰ってこれるわけが
ない。
十分、十五分、様子を見に来てくれるわけじゃない。
――早く帰ってきてくれないかな
期待する気持ちが顔を覗かせる。この足音が大輔だったらいいのにと頭の中では思っていた。
どうせ手前で立ち止まると思っていたのに、その予想は外れて、でも、と思っていたら、部屋の前で止まった。
――嘘!
喜びより驚きの方が先だった。
かちゃっとドアが開く音がして、
「陸?」
そう名前を呼ぶ声がして、
「おかえり!」
言いながら陸は部屋から顔だけ覗かせた。
「どうしたんだ?」
靴を脱ぎながら、大輔が怪訝そうな顔をする。
「ううん。何でもないよ? どうして?」
「そんなところから、顔だけ出して」
「ううん。別に何でもない」
ただちょっとびっくりして、気持ちがついてこない。
「早かったね」
まだまだ待たなきゃいけないと思っていた。
「早く帰れと追い出された」
そう言いながら大輔が近づいてきて、陸が見上げた途端にちゅっと軽く唇に触れてきて、驚いている間に大輔は離れていった。
――え?
「これが、約束なんて言わないよね?」
陸は大輔の背中へ問いかけた。これで約束は果たしたなんて言われたら嫌だ。
「約束?」
大輔が怪訝そうな顔をして振り返る。
「泣き止んだら、キスしてくれるって言ったじゃん」
もう忘れた? 楽しみにしてたのに、とちょっと不満になった。
「そんなの、キスのうちに入らないだろ?」
大輔が笑う。
「ちょっと待ってろ。カツ丼の材料を買ってきたから、冷蔵庫に入れてくる。夕食はどうした?」
大輔が冷蔵庫を開けながら見てくる。
「大輔さんの分もって思ってお弁当二つ買ってきたけど、まだ食べてない」
一人は寂しいから帰ってきてから一緒にと思っていた。
「いつになるか分からないって言っておいただろ?」
大輔が難しい顔をする。
「だって、一緒に食べたかったから」
きっと、その方が楽しい。
「早く帰ってきて、正解だったな」
言いながら大輔は冷蔵庫を閉めると、
「俺も弁当二つ買ってきた。どうする?」
スーパーの袋を持ち上げる。
「あ、じゃあ、二つは明日の朝食べればいいよ、それで、昼はカツ丼でしょ、夜は?」
家に帰れと言われるかな、と少し思った。
「残り物で何か作るか」
「うん!」
陸が元気に頷いたら
「現金だな」
大輔が苦笑いをした。
「え、どうして?」
なんでそんなことを言われたのか、分からない。
「一言で表情がころっと変わる。分かりやすくていいけどな」
大輔はスーパーの袋をまた床に置くと、振り向いてコンロからやかんを取った。
「じゃあ、お茶でも入れるよ」
「あ!」
陸が声をあげると、大輔が振り向いた。
「どうかしたのか?」
険しい顔をする。
「お茶は、僕が――」
入れようと思っていた。
「いいさ」
そう言うと大輔が弁当を指差す。
「どれにするか、そっちへ持って行って選んでおけ」
大輔はやかんに水を入れていた。
「……うん」
もう、今更だった。
陸は大輔に近づくと後ろから腕を回して抱きしめた。
「どうした?」
優しい声が降ってくる。
「捕まえた」
やっと。
陸は腕の中にその存在を感じていた。