下まで送っていくと言って、陸は大輔と家を出た。
「お前が刑事になりたいとは知らなかったよ」
エレベータの中で大輔はぼやくように言った。
「ごめんなさい。大輔さんのところに行くための苦し紛れの言い訳だった」
陸は素直に白状した。
「まあ、そんなところだろうとはおもったけどな」
大輔が笑う。
「でも、俺が言ったことは本気だぞ」
表情が真剣になる。
「うん」
いつだって、一番に考えてくれている。
いつもは長く感じるエレベータはあっという間に一階に着いた。
「駅まで送っていこうかな」
別れたくなかった。
「寒いからいいよ。早く家に戻れ」
そうやって心配してくれる。
「でも……」
別れるときはいつも寂しい。
大輔がコートのポケットに手を入れると、リボンがかかった小さな箱を出してきた。
「遅くなったけど、クリスマスプレゼントだ」
手を持って小さな箱を手の平に載せてくれた。
「え、あ、いつ用意してくれたの?」
最後に会ったときはそんなことは一言も言っていなかった。
「いつだったか、クリスマスに渡してやろうと思ったのに渡すことができなかった。クリスマスに貰うのがいいんだろ? だいぶ過ぎたが、今年はまた今年で何
か用意するよ。だから、な」
頭を撫でてくる。これで勘弁してくれと言っているように聞こえた。
「ありがとう……」
陸は両手で小さな箱を包み込んだ。
「僕も何か……」
クリスマスプレゼントをもらえるとは思っていなかった。
「お前は笑ってくれるのが一番だ」
「そんなのでいいの?」
お安い御用だ。
「ああ」
大輔が笑ってくれて、自分も笑おうとしたのに、なのに、陸はうまく笑えなかった。
「嬉しすぎると、笑えないみたい」
胸が痛いくらいに苦しかった。
「嬉しいなら、それでいいよ」
大輔は優しくて、
「好き……」
この気持ちだけは分かって欲しかった。
「今度、ゆっくり聞かせてくれ」
大輔が困ったように言う。
「いつ?」
「近いうちに電話するよ。カツ丼の件もあるからな」
「もう一つあるよ」
キスしてくれる、と言った。
「それも一緒に」
「あんまり待ちたくない」
今でもいいと思う。
「俺も、そう思ってるよ」
「ん」
大輔を困らせているのはわかっていたし、陸はそこで手を打つことにした。ずっと離れたくないけれど、それが無理なのは分かっていた。
見送ってくれる大輔に手を振ってエレベータに乗り、上についてから下を見下ろすと、まだ大輔は待っていてくれた。
手を振ると、手を振り返してくれてそのまま背を向ける。早く家に入れと大輔の背中が言っていた。
家に入ると玄関に母が立っていて、
「え、何?」
何か見られたかと陸は不安になった。
手には小さな箱を持っていた。これを見つけられて問い詰められたら困ると思った。
「ずいぶん遅かったじゃない。柏さん、何か言ってた?」
母が不安そうな顔をする。
「ううん。別に何も」
言わなきゃいけないことは何もない。
「突然来るなんて、なんの用意もできなかったじゃない」
母が不服そうに愚痴った。
「そんなこと言われても」
何かをしてもらいに来たわけじゃない。
「あなたのことなのに、どうするの? 柏さんの機嫌でも損ねて面倒見てもらえなくなったら」
―― え?
「たぶん、大丈夫だよ?」
いいの? 面倒見てもらって?
そう聞きたくなった。
「もう、暢気ねえ。あの若さで警視なんて、出世頭じゃない。公務員はコネがないと行きたいところへ引っ張ってもらえないって言うし、父さんは、陸はちゃん
と自分でコネを作ってるじゃないかなんて暢気なこと言ってたけど、しっかり捕まえておかなきゃ、だめじゃない」
は?
「大輔さん、警視なの?」
警視って?
「何、そんなことも知らなかったの?」
母が呆れた顔をする。
「偉いの?」
「そりゃあ、偉いわよ。警部の上なんだから」
「え?」
そういえば、机はずいぶん大きかった気がした。
「なりたいって言うわりには、何も知らないのね」
母が呆れ顔で言う。
―― そうか
母があわてた訳が分かった気がした。
「大丈夫だよ。大輔さんは小さなことを気にする人じゃないから。誰に対してでも、その人の事を考えて動いてくれる人だから」
それは、大塚さんの太鼓判を思い出せば自分だけじゃないと思う。
「なら、いいけど」
母が釈然としないながらもほっとしたような顔をした。
「安心していいよ」
母に向かって笑うと、
「そう? あなたがやりたい事を止めはしないわ。あなたの人生だから。だけど後悔だけはしないようにしなさいね」
お小言をひとつ言って、母は居間へ戻っていった。
――うん、後悔はしないようにするよ
陸は母の背中に向かって心の中で言いながら、手の中の小さな箱を握りしめた。
母の背中を見送って、陸は自分の部屋に入ってドアを閉めた。
始めて大輔からもらったと言えるものだった。
「なんだろう」
自分のために選んでくれたと思うとそれだけで嬉しい。
リボンを解き丁寧に包みを解いて、蓋を開けた。
「わあ!」
『Merry Christmas!』のカードが少し寂しそうだったけれど、中には『BVLGARI』と彫られたキーリングが入っていた。
手に取って、手の中へ包み込むと、
「大切にするよ」
陸はそう呟いた。
聞いて欲しい人はもういなかったけれど、言葉が届くといいなと思った。胸がほわんと温かくなってきて、傍に大輔がいてくれるような気がした。