薄暗い階段を並んで下りながら、
「本当に親に言うの?」
陸は大輔を見上げた。
恋人だと言うわけじゃないとは言っていたけれど、不安はある。
「話次第だな」
そう大輔は言った。
「俺は、お前のことで責任を取れと言われるのかもしれないと思っていたんだ」
「なんで? 」
―― 責任?
「それだけのことを俺はしたからな」
大輔が自嘲するように笑う。
「そんなことないよ。それに、誰にも言ってないよ」
関係を持ったことなど言えるはずもなかった。
「責任を取れと言われてもいいさ。それで、お前は俺のものになるわけだ」
そう言うと大輔は一旦言葉を切って。
「今ならそう言えるけどな」
小さく呟くようにそう続けた。
母が何のために大輔に電話をしたのか、陸には分からなかった。そんな話は聞いていなかったと思う。と言っても、何を言われたか気にせず生返事をしていた
時もあったから、その中にあったのかもしれなかった。
嬉しい気持ち半分と不安な気持ち半分と、複雑な気持ちは変わることなく、家へと着いた。
「呼んできてもらえるか?」
玄関前で大輔に聞かれて陸は頷いた。
どんな話がでてくるのか分からないから、話を合わせておくこともできない。もっと母親の話をちゃんと聞いておくのだったと思っても、もう後の祭りだ。
鞄だけ部屋へ放り込み、陸が居間に顔を出すと、
「あ、おかえり」
暢気な声で母がいつもと同じに迎えてくれた。
「大輔さんが来てるんだけど、電話したんだって?」
できれば話をちょこっとでも聞いておけば、何か役に立つかもしれないと思った。
「えぇ!」
突然顔色を変えて、母はあわてて立ち上がった。
「そんな。わざわざ? まあ! いいのに……どうしよう、陸」
顔は驚きを表し、どうしたらいいのか分からないように両手を合わせて握り締める。
――どうしようじゃないよ
とは思ったけれど。
「だって、電話したんでしょう?」
それは何か用事があったのだろうと思う。
「えっ、忙しいならいいって言ったのに、まさか家にまで来てくれるなんて」
母は辺りをきょろきょろと見回すと、投げてあった新聞や雑誌を整えて、
「とにかく、入ってもらって」
ばたばたしたように、キッチンへ走っていった。
陸が玄関に戻ると、
「なんか、悪かったかな」
大輔が気まずそうに言った。
「ううん。大丈夫だよ」
何がなんだか分からないけれど、深刻な話ではないようだと思った。
居間のソファに座るように大輔に言って、陸はその隣にちゃっかり座った。何を言われるかわからないけれど、気持ちは決まっていた。
しばらくして、トレーにお茶とお菓子を載せた母が来て、テーブルに置いた。
「あ、お構いなく」
大輔が立つと、
「わざわざ、申し訳ありません」
母が深々と頭を下げる。
「あ、いえ、ついでがあったものですから、こちらも、お電話いただいたのに連絡もせずに申し訳ありませんでした」
大輔も頭を下げる。
「いえ、とんでもないです。もう、こんな子のために、色々済みません。ただ、お礼を言いたくて電話をさしあげただけなのに、わざわざ来てまでいただいて、
本当に、陸、座ってないで、ちゃんとお礼いいなさい」
―― え?
なぜか、こっちにまでしわ寄せがやってきた。
お礼?
何かあったっけ?
疑問のまま大輔を見ると、大輔も視線で何の話だ、と聞いてくる。
「いえ、そんなお礼を言っていただくようなことは――」
大輔は答えながら、釈然としないようだった。
「もう、本当に、この子が刑事になりたいなんて言った時には、驚くばかりで、でも、柏さんにはずいぶん色々していただいているみたいで、もう、なんとお礼
を言っていいか……」
また母が頭を下げる。
―― あ!
そんなことも言ったっけ、と思いながら、陸はすっかり忘れていた。
そういうことか、言いたげな視線で大輔に見られ、陸は首を竦めた。苦し紛れの言い訳を母は真正面で受け止めたらしい。
「陸くんは優秀なお子さんですから」
大輔がちらっと見てくる。
「どんな経験も将来への糧になると思います。彼が望むならそれは叶えてやりたいとも思いますし、私にできることなら、できる限りのことをしてやりたいと思
います。それは、私がしたくてやってることなので、お礼なんて言っていただくこ
とではありませんから、そんなに堅苦しく考えないで下さい」
そう言うと、大輔は一旦言葉を切り、
「私のところへ来てくれるのは嬉しいことですから。もし、ご心配をおかけしているようならちゃんとお話をした方がいいかもしれないと思ったのですが……」
続けた言葉の語尾はぼかした。
母に言いたいと言っていたことの意図は入っていて、
「あ、そんな、心配なんて全然。そんな風に言っていただいて、陸は幸せものです。ほら、陸! すみません。全然、しつけができてなくて……」
母が恨めしげに見てくる。
喜ぶべきことなのか、母には大輔の意図はまったく伝わってはいなかったみたいだった。
「……あ、ありがとうございます」
なんだか変だと思いながらも、陸も頭を下げていた。
大輔が小さく笑ったのが分かって、陸は少し安心した。大輔が言いたいと言っていたことは言ったのだから、これ以上の話はないだろうと思った。
「本当に、ありがとうございます。勉強はそこそこやっても他の事は何もやらせていないので、お恥ずかしいです」
また、母が頭を下げる。
大輔が母の話に応えると、母はそれに応え頭を下げていた。そんなことを繰り返して、出したお茶はそのうち湯気を立てなくなり、皿に盛られたお菓子は暇
そうだった。
そのうち、話すことがなくなったのか。
「こんな子ですけれど、よろしくお願いします」
母が頭を下げ、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
と大輔が頭を下げて、まるで見合いの席のような挨拶は終わったようだった。