カツ丼は少し冷えてしまったけれど、きれいになくなった。
「これから、どうする?」
大輔が聞いてくる。
「大輔さんはどうするの?」
今が仕事中なのは分かっていたけれど、このまま別れたくはなかった。
「仕事を片付けたら、陸の家に行くよ」
「うち? なんで?」
大輔の口から出てきたのは予想もつかなかったことだった。家に来る用事など思いつかない。
「陸のお母さんから電話をもらっていた。気になりながらも連絡できずにいたから、話を聞きに行くよ。ついでにお前とのことも許してもらえたら――」
「無理だよ。だめだよ!」
陸は大輔の言葉を遮った。親に知られたら反対されるのは決まっていた。
「じゃあ、どうするんだ? 気にはなっていたんだ。毎日のようにうちに来ていた時とか、泊まりに来るときにお前はどうやって言っていたのか、とか」
「あ……大輔さんの家は溜まり場になっていて、みたいな話をしてた。僕だけじゃない他の子もいて、勉強したりとか、遊んだりとか」
その時、その時、適当にごまかしていた。
「それで、お前は辛くないのか?」
「だって、正直に言って許してもらえるとは思わなかったから」
ごまかすと言っても嘘をつくことは避けられない。辛くないと言えば、それも嘘になる。けれど、面と向かって反対されたら、それを押し切れるのかどうか自信 はない。会えなくなるのも辛いし、振り切って会ったところで楽しくもないと思う。今は触れたくなかった。
「それでいいのか?」
「いいよ」
それほど自分にとって大切なことだった。
「これから先のこともあるだろ?」
「だけど――」
反論したくても、大輔の言うことが正論なだけに巧い言葉が浮かばない。
「気持ちは通じるさ」
「でも――」
通じて欲しいとは思うけれど、その可能性は低いと思う。
「別に、恋人として付き合ってると言おうと思ってるわけじゃない。突然そんなことを言ったら、陸の親も困るだろ」
「うん!」
陸は力強く頷いた。また会えるようになるんだと思っていたのに、それを妨げるようなことはしたくない。
「ただ、うちによく来ることもあるけど、心配しないでくれって言うだけだよ」
「でも――」
心配だった。
「もし、反対されてもお前の気持ちが変わらないなら、いくらでも方法があるだろ? お前にその気があるのなら、お前一人くらい面倒見てやることはできる」
「ホントに?」
陸は胸がとくんと弾んだ。
「それは最後の手段だけどな」
大輔がふっと顔を緩める。
「陸が可愛くて仕方ないのは分かるから、できるなら分かってもらいたいと思うよ」
そう続けた大輔の声は優しかった。
「……うん」
別れなくてもいいんだと思ったら、陸は少し安心した。
「先に帰ってるか?」
聞かれて、
「待ってていいの?」
できるなら、と思う。
「隣を使う予定はないから、そこで待っていてもいいが」
大輔が壁にかかった時計を見あげる。ちょうど三時を回ったところだった。
「そうする」
何か言われる前に、と陸は返事をした。
「ここで待っていちゃだめ?」
だめもとで聞いてみた。
「お前がいると、仕事にならないよ」
大輔が笑う。
「分かった」
笑顔を見て安心した。
―― そういうことなのかな
大輔が笑っていろ、と言ったことが陸は少し分かった気がした。


壁ひとつ隔てた向こうにいる。そう思うだけで、胸の中が暖かかった。
ノックの音がして。
「はい」
陸が返事をすると、大塚さんが顔を出してきた。
「ちょっといい?」
大塚さんはトレーの上に湯のみを乗せていた。
「あ、はい」
陸は開いていた問題集とノートを閉じた。
大塚さんが机の上にお茶が入った湯のみを置くと、椅子を持ってきて向かいに座ってくる。
「ねえ」
まるで内緒話のように小さく声をかけてくる。
「何ですか?」
少し怖い気がした。
「どんな魔法を使ったの?」
大塚さんが耳打ちしてきた。
「え?」
陸は大塚さんの言葉の意味はさっぱり分からなかった。
「大輔が完璧に戻ってるんだけど、何があったの?」
ひそひそと言いながら、大塚さんが不思議そうな顔をする。
「別に何も。カツ丼、美味しかったです」
陸はちょっとごまかしてみた。
「何もってことはないでしょう?」
大塚さんが突っ込んでくる。
それはそうでも、全てを話せるわけじゃない。
「僕の言葉が足りなくて考えていたことがあったみたい」
要約すれば、きっとそういうことだ。
「でも、それだけじゃ……」
大塚さんが納得できない顔をした。
「大塚さんのおかげで、全部話すことができてすっきりしました。ありがとうございます」
陸は丁寧に頭を下げた。
自分一人で大輔のところに来ることはできなかっただろうと思う。
「いえ、お礼を言うのはこっちの方なんだけど、でも――」
大塚さんはまだどこか納得できない様子だった。
「僕は悪いことはしていないけど、でも、書類に残さなきゃいけないなら、どう残すべきなのか悩んでいたのだと思う」
まさか、そのまま書けるわけがない。
「あの時何があったのか、聞いてもいい?」
大塚さんが顔をうかがってくる。
「ごめんなさい。あまり言いたくないんだ」
それは本音。一人の時はどうすればいいのだろうと思ったことが、自分の後ろに大輔が居てくれると思うと素直に答えられた。きっと、大輔が助けてくれる。そ んな安 心感がある。
「そう……」
大塚さんが残念そうな顔をした。諦めてくれたみたいだった。
突然ガラっとドアが開いて、大輔が顔を覗かせた。
「陸、行くぞ」
大輔が外を示す。
「もう?」
予想していたよりずっと早かった。けれど、それは嬉しいことで、鞄の中にノートやら問題集を突っ込んで、陸は席を立つと大塚さんに頭を下げた。
「お世話になりました」
もう、たぶん、大塚さんとは会うことはないかもしれないと思う。
「いえ、こちらこそ」
大塚さんは少し驚いていた。

「陸を送っていったついでに、陸の母親から話を聞いてくる。その後少し回ってから戻ってくるから」
そう言った大輔の声に、
「あ、はい」
大塚さんも席を立った。
「さようなら」
陸がまた軽く頭を下げると、
「じゃあね」
大塚さんは手を振ってくれた。
陸が部屋の入口まで行って待っていてくれた大輔を見上げると、大輔は笑いかけてくれて頭を撫でてくれた。
胸が温かくなってきて、自然に口元がほころぶ。これが自分が幸せだと大輔に告げる手段なのだと陸は思った。

back | top | next

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル