「僕……」
できることなら吐き出してしまいたいと陸は思った。
「好きな人がいたんだ」
言いながら環を見ると、環は目を細めた。
「大輔じゃなくて?」
壁に背を預けるように座りこむ。
「うん……すごく大輔さんに似ていた人だった」
本人だと思うくらいに。
「男、なんだよな?」
環が確認してくる。
「うん」
頷いて。
「でも、その人には恋人がいたんだ」
あの二人の間に入ることはできなかった。
「は? じゃあ、どうしたんだよ」
環が呆れた顔をする。
「諦めたよ。仕方ないと思ったから」
あの状況で自分の望みなど通せなかった。
「……諦めて。そんな時に大輔さんに出合ったんだ」
あれは、運命だと思いたかった。
「で、乗り換えたわけか」
環がため息混じりに言った。
「……大輔さんに代用にしてるんだって言われた」
言葉にするだけで胸が締め付けられる。大輔の引きつったような表情に違うとは言い切れなかった。
「は?」
環が驚いた顔をして、
「お前、その話を大輔にしたの?」
身を乗り出してきた。
「うん……大輔さんが知りたいって言ったから」
全てを知りたいと大輔は言った。
「似てるってことまで?」
「うん」
「お前、莫迦?」
環は眉を顰め呆れたような顔をした。
「だって……」
愚痴が零れる。
全てをと言った大輔にあの時は少しも隠しちゃいけないと思った。自分が知っている全てのことを話さなきゃいけないと思った。
「そんなこと、隠し通すのが当然だろ?」
「そんなことできなかった……」
もっと巧く話すことはできたのかもしれない。けれど、今そんなことを思っても、もう過ぎてしまったことだった。
「で、大輔が怒ったわけだ」
「大輔さんは怒りはしなかったよ……」
涙が溢れてくる。
「ただ、似てるから重ねてるだけだって……。偽者は本物にはなれないって。違うって分かったら気持ちにほころびはでてくるって……。傷は浅い方がいいっ
て……」
理屈では分かっても気持ちでは分からない。自分は大輔だけを見ているつもりだった。
「それで納得したわけ?」
環が顔を覗うように見てくる。
「納得なんてできなかったけど。終わりにしようって言われて反論もできなかった」
かかってきた携帯に、何も言わせてもらえなかった。
「で、ぐずぐず泣いてるわけか」
「泣きたいわけじゃないよっ」
どこから溢れてくるのか分からない。大輔を思うと自然に溢れてくる。
「自分が殺されかかっても泣かないやつが、あいつのためには泣くんだ」
そっと涙を拭いてくれようとした環の指を、陸は振り切るように顔を背けた。触れられたいのは大輔だけだった。
「それで、いいわけ?」
環に聞かれて、陸は答えられなかった。
いいわけじゃない。でも、自分に何ができるだろう。
「あいつだって、今頃後悔してんじゃないの?」
さっき聞いた通話の内容は少しは気にかけてくれているのかとも思う。
「僕に、どうしろって言うの?」
何かできることがあるなら教えて欲しい。
「電話してみる?」
環が携帯を示す。
陸は首を横に振った。いったい何を言えばいいのか分からない。
「お前ら、贅沢だよなあ。どう見たって気持ちはお互いに向いてるのに、それをむざむざ葬ろうってんだからさ」
「そうしたいわけじゃないよ」
会いたい、触れたい、声を耳に感じたい、なのにそれができない。
「じゃあ、自分からアクション起こせばいいじゃないか」
それはもっともなのかもしれないけれど。
「大輔さんを傷つけるだけかもしれない……」
幸せを願えるうちに、と大輔は言った。それはそのうちに願えなくなるかもしれないということだ。
「じゃあ、どうすんの?」
「どうすればいい?」
陸は環を見た。
自分ではどうしたらいいのか分からない。
「俺が言う通りに、お前はするの?」
環が訝しげに見てくる。
「大輔を忘れて俺と付き合えばいいって言ったら、そうすんの?」
重ねて聞いてきた。
「……できないよ」
陸は顔を伏せた。
心を占めるのは大輔しかいない。他の人と付き合うことは考えられなかった。
「だろ? まあ、大輔も大莫迦だな」
環が大きく息を吐く。
「なんで最初に出合ったやつが本物だって決めるわけ? 誰が本物か決めるのは、陸だろ」
呆れたように続ける。
「大輔さんは――」
「ほら、そうやって、お前はあいつには甘いんだ」
言葉を遮るように、環が非難するような声を出す。
「大輔さんは僕の幸せを考えてくれているだけだよ」
甘いわけじゃない。大輔は大人で自分よりちゃんとした考えを持っていると思うだけだった。
「じゃあ、それでお前は幸せなわけ?」
環の問いに陸は答えられなかった。
「お前は、仕方ないって思うのが好きみたいだけど――」
「別に好きじゃないよ」
嫌われたくないから自分を納得させるしかない。
「もっと、我がまま言ってもいいんじゃないの?」
「でも……」
「何?」
「嫌われたくない……」
一度はわがままを言っている。あの時も嫌だとは言った。でも、だめだと言われたら弱気になる。ここまでなんだと思う。それで諦めて――でも、嫌われはしな
かったかもしれないけれ
ど、自分の欲しかったものは逃してばかりだった。
「どうせダメなら、とことん我がままでも何でも言ってみればいいんじゃないの? 」
「でも……」
嫌われなければ、もしかしたら、先に何かがあるかもしれない。
「大輔が結婚でもしちゃえば、もうそんなことは言ってらんなくなるんだぜ」
「……やだ」
不意に早紀の顔が浮かんだ。
「やだ……そんなの」
大輔は自分を選んでくれたはずだった。
「ならさ」
環が促すように言う。
言えるものなら、と思う。けれど、躊躇う気持ちもあった。
お互い、無言で少しの時が流れた。
「環は、付き合ってるやつとかいないの? 」
終わらない沈黙が重くて、陸は口を開いた。
自分に好意を持ってくれているのかな、と思ったりもする。けれど、それはどこか違っている気もした。
「俺の話はいいよ」
環が天井を見上げる。
「好きな子とか……」
共学の学校に通っているはずだった。
「お前に話すことなんてないよ」
「そう……」
会話は終わってしまった。
しばらくして、環が突然大きく息を吐いた。
「俺も、お前に偉そうなこと言える立場じゃないよな」
視線を合わせてくる。
「いるんだ、好きな子」
それは確信だった。そして、自分じゃない。
「お前は偉いよ。俺は一生告白なんてできない」
「なんで?」
「意気地なしだからだろ?」
それはいさぎいいほどの答えだった。
「一緒に遊びに行きたいとかは思わないの?」
告白もできないなんて、環らしくない気がした。
「告白なんかしなくても、来いと言えば来るし、あーしろこーしろと言えば何でも言うことを聞くよ」
「何でも?」
まさかそんなそんなやつがいるわけないと思い、けれど、もしかしたらと一人だけ思い当たる人物がいた。
「あー、何でもだ。真っ裸で目の前で踊れって言っても、べそかきながらやるだろうな」
「まさか、そこまでは……」
いくらなんでもと思ってしまう。
「あいつにとって、俺の言うことは絶対だよ」
環は断言した。
そんなのは、たぶん、一人しかいない。
「告白してみればいいじゃん。うまくいっちゃうんじゃないの?」
目に浮かぶようだと思った。きっと、良太は真っ赤になって、だまったままうつむいているんじゃないかと思う。環が絶対だと言ったように、拒むことはしない
気がした。
「他人事だから、そんなこと言えるんだよ。お前らなんか、こっちから言わせれば何やってんだって感じだぜ」
「そうかも……」
大切に思うから一歩を踏み出せない。
「そうだね」
大切に思うから傷つけたくない。
でも、それは、想像だけで実際の相手の気持ちは分からない。
「でも、待ってるかもしれないよ」
環に言いながら、陸は自分にも言っていた。すれ違う気持ちの原因は、自分が何か大切なことを言い忘れているからかもしれない。