「環、やめ……」
撫でられる手に背筋がぞわぞわする。
「嫌なら、突き飛ばして逃げればいいだろ?」
それができるなら、とっくにしていた。
「た……」
最初は嫌悪でしかなかったのに、優しく与えられる刺激は身体を変えていく。
「やめて……」
頭では嫌だと思うのに、身体は痺れてくる。
「やだ……」
大輔以外の人に触れられるのは嫌だと思うのに、身体が反応する。
「素直になれよ」
環が笑う。
胸の突起を口に含み、ズボンの上から下半身をゆっくりと撫でる。
「いや……」
このまま落ちていきたくはなかった。

――いやだっ
大輔とは違う環の手を唇を感じながら、陸はそう思うことしかできずにいた。
突然ばたばたとした足音が聞こえてきて、 ドアをどんどんと叩く音がした。
「環さん! 環さんっ!」
ドアをノックしながら叫ぶ声があった。
「なんだよっ!」
環が顔を上げ振り向く。
身体を覆うものが無くなって、陸は滑らせるように身体を丸めて、環から逃げた。手繰りあげられたシャツとセーターを下ろし、ズボンの中へ入れようとした ら。
「環さん!」
ドアを開けてさっきの店員が顔を出した。
「なんだよ、邪魔すんなよ」
環が文句を言った。
「勘弁してくださいよ。面倒なことはいやっすよ」
店員が顔をしかめる。乱れた衣服から状況を察したのだと陸は思った。
「いいのかよ、店」
環が顎をしゃくる。
「いいわけないっすよ、でも柏さんがさっき来て」
――柏さん?
その言葉に陸はぴくっと身体が跳ねた。
「ここにまで顔出してんのかよ」
環が嫌そうに言う。
「環さん、探してるみたいでしたよ。見つかったらやばいんじゃないかと思って、さっき来たけど待ってる列を見てどっか行きましたって答えておいたんですけ ど」
店員が見てきて、陸は店員と目があった。
「なんだ。大輔がここに来たらおもしろいことになったのにな」
環も見てくる。
冗談じゃないと陸は思った。もう心変わりしたのかと思われたら嫌だ。そんな簡単に忘れられるものだったと思われたら嫌だ。
「だから、環さん。面倒なことになったら困りますよ」
店員は困り顔のまま手を合わせた。
「困るのはお前だろ?」
環があっけらかんと答える。
「そんなこと言わないで、頼みますよ〜」
店員は更に顔を歪めた。
ドアを開けたまま、店員に動こうとする気配は無かった。しばらく沈黙が流れて。
「……分かったよ」
諦めたように環は大きく息を吐いた。
「ホントですよ! 頼みますよ! 」
店員が念を押す。
「ああ。お前のおかげで気がそがれたよ」
環はぶっきらぼうに答えた。
「絶対ですよっ!」
もう一度念を押すと、店員はドアをバタンと閉め、ばたばたと大きな足音をさせながら遠ざかっていった。

「いいとこだったのに、な」
環が息を吐く。
「お前のナイトは役目を果たしに来たらしいな」
残念そうに続けた。
「……そんなわけないよ」
大輔にとっては単に仕事だったのだろうと思う。ここにいることなど分かるわけもないし、探していたのは環だ。
「俺を探す用件ってなんだろうな」
環はジャケットを引き寄せると中から携帯を取り出した。蓋を開き何か操作すると腕を伸ばしてきて、抱き寄せてきた。
「やっ!」
陸が抵抗しようとしたら、
「だまってろ」
環は怒った。
携帯が流す呼び出し音が聞こえ、それが途切れると、
「はい」
突然大輔の声に変わった。
「俺、何か用?」
環が答える。
「環か?」
次に聞こえたは大輔の声で、ラインを通し、自分に向けられたものではなくても、陸は胸に熱くなるものを感じた。
「そっ。探してたって健から聞いたんだけど」
環が問いかけると、
「そうか……」
大輔はそう答えた後、何も言わなかった。
「で、何?」
環が促すように言う。
「お前、陸に電話したのか?」
――あ……
自分の名前を言われた、それだけで陸は目蓋が熱くなった。
「そんなこと報告しなきゃいけないのかよ」
環が不満げに返す。
「……そういうわけじゃないが……」
大輔は困ったように言葉につまった。
神経が全て耳に集まってしまったみたいに、陸には大輔の声だけひときわ大きく聞こえた。
「じゃあ、なんだよ。それ聞くため・だ・け・に探してたのかよ」
そう不機嫌そうに言う環に対して、
「別に、お前を探していたわけじゃない」
大輔の声は淡々としていた。
――そうだよね
仕事のついでだと思ったのは当たっていたらしい。
「まあ、休みだからってあまり羽目を外すなよ」
大輔は環に釘を刺すように続けた。
――やっぱり仕事なんだ
そう思ってほっとするような、でも残念な気持ちも少しあった。環が真面目にやっているかどうかそれが大輔にとっては大事であって、名前がでたと喜んでみて も、自分はその先の付けたしだったのだ陸は思った。
「分かってるよ。もう、あんたに追い掛け回されるのは勘弁だよ」
「そう願いたいね」
大輔の軽い笑い声が聞こえた。その後で、
「……もし、陸に会ったら」
続けた大輔が一旦言葉を切った。
「なんだよ」
――会ったら?
その先に続く言葉を早く聞きたくて陸は胸がどきどきしていた。
「いや、なんでもない。元気でやってるならいいんだ。じゃ」
短い挨拶の言葉の後で、ラインはぶちっと切れた。
「なんだよ」
環が不満を零す。
「わざわざこっちからかけたやったのに、礼もなしだなんて何考えてんだ」
呆れたような声で続けた。
「仕事中だから、仕方ないよ」
さっきここに来たと店員は言っていた。今大輔はどこにいるのだろうと陸は思った。
――近くにいる?
そう思うだけでどきどきしてくる。
「お前はそうやって、いつもあいつには甘いよな」
環が睨むように見てくる。
「別に甘いわけじゃないよ」
仕方ないと思うだけだった。それだけの理由があると思うだけだ。
「お前を振ったやつなんだろ? それにしちゃ、未練たらたらって感じだよな。何か訳有り?」
目を覗くように見られて、陸は思わず顔を逸らしてしまった。
「図星みたいだな」
環が笑う。
「話してみろよ。何かいいことあるかもよ」
環の誘いに陸は首を横に振った。
「忘れなきゃいけないんだ」
そう大輔は言った。大輔だから、軽い気持ちで出た言葉じゃないと思う。
「それで、いいわけ?」
「やだ……」
正直になるならそうだ。あの携帯さえ鳴らなければ、あんなに簡単に引き下がりたくはなかった。
「なら、話だけでも聞くぜ。話してみるだけでも気が楽になるかもよ」
環が口元を緩める。
――気が楽になる?
そうなのかな?
陸は環の言葉に誘われるものを感じた。
「な?」
環が促すように言う。
誰にも言えずにいたことだった。
思いは胸の中に沈んで重くなっていく一方だった。

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