「どこに行くんだよ」
陸がそう何度聞いても環は答えてくれなかった。掴まれている腕を振り払う力もなく引っ張られるままに、陸は環の後を付いて行った。
ただでさえ知らない町だった。日も落ちた今放り出されることも怖い気がする。
陽気な音楽が流れ、イルミネーションが光り、道を行きかう人も多かった。
どこを歩いているのかわからないままビルの中に連れていかれて、入ったところはカラオケボックスだった。
「例のところ空いてる?」
環は店の受付に聞いていた。
「空いてるわけないっすよ。見てもらえばわかるでしょうけど」
受付のやつは横にできている列を指し示す。列に並んでいる人達の非難するような視線を陸は感じた。
「今並んでもらっても二時間待ちっすよ」
受付が答える。
「そんなに待てるかよ」
環が当たり前のように言った。
「……環さん、勘弁してくださいよ」
受付が困ったように顔をしかめる。店員と環とは顔見知りなんだと陸は思った。
「じゃあ、あっち貸して。どうせ休憩なんかできないだろ?」
環が上を指差す。
「あ、でも、環さ――」
店員から答えをもらう前に、環は足を出していた。
諦めたらしい店員の声は聞こえなくて、代わりに『なんなんだよ、あれ』というざわめきと視線を陸は後ろから感じた。
「どこへ行くの?」
環があっちと言った場所は見当もつかない。流石にクリスマスは人が多い。どこの店でも道でも。
「別にへんなところに連れ込もうってわけじゃないさ。案外一番安全なところかもしれないな」
環が笑う。
薄暗い階段を上がり連れていかれたところは、ロッカーが並んだ三畳ほどの床ばりの部屋に小さいキッチンが付いていてその奥に六畳ほどの畳の部屋があった。
「ここは?」
陸が聞くと
「あいつらの休憩室だよ」
そう環は答えてくれた。
掴む腕の強さも引っ張る強さも変わらず、陸は畳の部屋まで連れていかれた。
「店の人って友達?」
話の内容からそうだと思えた。
「まあな」
環は答えをぼかした。
靴を脱ぎ畳の部屋に上がると腕を解かれて、陸はそこで座り込んだ。立っていることさえ辛かった。
「そんなにあいつが好き?」
合わせるようにしゃがんできた環に指をあごにかけられ上に向かせられた。
「……好きだよ」
もう知られているのに誤魔化しても仕方ない。大輔の顔が浮かんで、また涙が溢れてきた。
若いからすぐに忘れると言ったそのすぐはいつのことだろうと思う。大輔と別れてから、心の中から消えることなど片時もなかった。
「でも、振られたんだろ」
環が念を押すように言う。陸はその問いには答えたくなかった。
「忘れさせてやるよ」
環はそう言うと、唇を合わせようとした。
「嫌だっ!」
陸は咄嗟に顔を背けた。
大輔のことを忘れたくもなかった。大輔が覚えていろと言った人はもう遠い。同じ顔なのに、頭に浮かぶのは大輔だと思った。
首筋に温かい湿ったものを感じて、陸は体がびくっと震えた。
「やだ、環、やめてよ」
目をぎゅっと瞑った。ぞわぞわした気持ちに体が強張る。大輔にされた時とは違う恐怖に近いものを感じた。
「あいつなんかより、ずっといい思いをさせてやるって」
首筋を唇が這い、熱い息を感じた。
「嫌だ……」
嫌悪の言葉が口をつく。
環のことは嫌いじゃない。最初は気味が悪いと思ったけれど、今では印象も変われば心象も変わった。
けれど、触れられたいとも思わなければ身体を重ねたいとも思わない。
「環、やめてよ」
身体を押して離そうとしたのに、環の身体はびくともしなかった。
「何、もうこれだけで、蕩けちゃってんの?」
環が手をジャケットの中に入れて脱がそうとする。
「違うよ……やめてよ……」
手を押さえようとしても環の力には敵わなかった。
大輔に会ったときから、身体の中から何かが抜けていってしまった気がした。今立てるかどうかさえ分からない。何も考えたくなかったし、何もしたくなかっ
た。
「そんな弱々しい声だしちゃって、誘ってんのかよ」
環がからかうように言う。
「違うよ……身体に力が入らないんだ、だから、お願い……」
抵抗したくても身体に力が入らない。
大輔が相手にしてくれないならもうどうなってもいいじゃんと思う気持ちがある。けれど、大輔以外に触れられたくない気持ちもあった。
抵抗しているつもりでも空振りばかりで、陸は環にジャケットを脱がされ畳の上に押し倒された。
「環……やめてよ」
両腕は押さえつけられていて動かせなかった。足は畳をすべるだけだった。身体を捻ろうとしても腕を押さえつけられているから自由にはならない。
「そんな顔してそんなこと言われても、誘われてるとしか思えないぜ」
環が上から見下ろしてくる。
「なんでそうなるんだよっ……」
確かに、どうでもいいと思う気持ちはあるけれど、それは真意じゃない。
――大輔さん
助けに来て欲しいと思った。
あの人になら無防備な身体を預けられた。だけど、今自分を組み敷くやつにそんな感情はもてなかった。
「お前の目って綺麗だな」
大輔と同じことを環は言った。
「潤んでダイヤみたいに光ってみえるよ」
同じことを言われても大輔に言われた時のようなどきどきは無かった。
環に顎を捕らえられて、
「嫌だっ」
陸は力一杯顔を背けた。できることはそれが精一杯だった。
「頑固だな」
環はため息をこぼすと、首筋に唇を這わせてきて、洋服の中へ手を入れてくる。
「だから、やめてよ……」
抵抗できるのは言葉だけだった。
環が無理やり身体を自由にしようとするようなやつだとは思わない。だから、からかっているだけなら早くやめて欲しいと思う。
肌を弄るような手は身体の線を撫でるようにし、胸の突起に触れられると陸は身体が固まった。
「環、だから……」
優しく撫でるようにされて、身体がぴくんと反応する。
背筋を電気が走って、でもそれは快感とはほど遠いものだった。
嫌なら突き飛ばして逃げればいいのだろうと思う。一対一で、拘束されているわけでもない。
大輔に会う前ならそれができたと思う。けれど今は、神経が途切れてしまったかのように自分で自分の身体を自由に動かすことができずにいた。