25日、午後五時、駅の改札で待ち合わせ。
それは環から言われたことだった。
陸に反論することなどなかった。
待ち合わせ場所に行くと、環はすぐに気が付いてくれて手をあげてくれた。
この間会った時も変わったと思ったけれど、また変わったと思った。印象がだいぶ柔らかくなって、少しふっくらしようにも見えた。
「なんか、色っぽくなったな」
向かいあうと、環が笑う。
「何だよ、それ」
男に対する言葉には思えなかった。
「うまくいってるんだな」
今度は意味深な顔をする。
その環の声には答えられずに、陸は下を向いた。
「照れなくてもいいだろ?」
からかうように言われて、そう取られたのなら、それでもいいやと陸は思った。環に話すことでもない。

環の後を付いていって、着いた先はクラブと言われるところだった。
「いいの? 入って?」
足を踏み入れたことはないからよく分からないけれど、年齢制限に引っかかるのではないかと思った。
「誤差範囲だからいいんだよ」
環は何でもないように言う。
特に何も咎められることなく中に入ると、店の中は音楽と光の渦だった。


「初めてだろ?」
小さなテーブルに向かいあって環が聞いてくる。近くに寄らないと声が聞こえないほどに店の中は煩かった。
「うん」
いわゆる繁華街というところにも入ったことはなかった。
目の前にはカクテルがあった。
こんなところを大輔に見つかったら大変だと思う。連れていかれてお小言を聞かされるのだろう。
だけど。
大輔ならそれでもいいやと思う。何時間でもお小言を聞くよと思う。そんなことがあるわけがない、そう思いながらも少し期待している自分がいた。
カクテルに口をつけると、お酒だとは思えないほど甘かった。
「おいしいね」
綺麗な透き通った青色をしていて、サクランボが浮かんでいる。
「そうだろ?」
環が得意げに言う。選んでくれたのは環だった。
煩いほどの音楽とざわめきと殻に包まれたように自分の中に入って踊っている人と、感じる全てが陸には初めてのことだった。

少しきょろきょろとしていたと思った環が突然まっすぐ見てきた。
「ほら、あそこ」
環が顔を寄せてきて指を指す。その一点を見て陸は固まった。
「会わせてやろうと思ってさ」
環が小声で囁いてくる。
陸は目蓋が熱くなって涙がでそうになった。
人ごみの中に入っていても頭ひとつ高くて、存在が分かる。大輔は店の制服を着た人と話をしていた。
自分はこんなに胸が痛いのに、向こうは普通に仕事をこなしていた。もしかすると、自分のことなど綺麗さっぱり忘れているのかもしれなかった。
「少し話してくれば? 今日ぐらいはきっと許してくれるぜ」
環が肩を軽く叩く。
話す?
陸はゆっくり立ち上がると、大輔とは反対の方へ走った。
ついさっきは見つかったらそれでもいいと思えたのに、実際姿を見ると会うことが怖かった。話をする ことが怖かった。
「おい、陸!」
環の驚いたような声が耳に入ってきたけれど、足は止まらなかった。人ごみを掻き分け店の壁にぶつかると陸はしゃがみこんだ。
「陸、どうしたんだよ。ぐずぐずしてると他の店に行っちゃうぜ?」
環が耳打ちしてくる。
「……僕、振られたんだ」
涙がひとつ零れた。
「え?」
驚いたような声を出すと、環が立ち上がる。
もう一度しゃがみこんでくると
「あいつが? お前を? 」
不思議そうな声を出してきた。
陸は頷くと頭を抱えた。涙は止まらずにぼろぼろ落ちてくる。
忘れろと言われた。けれど全然忘れていないことを身をもって知った。若いからすぐに忘れられる、そう言った人の方が忘れているじゃないかと思った。
「陸」
顔を上げられて、環に覗きこまれた。止まらない涙は溢れ続けていて、環の顔は霞んでいた。
「お前でも泣くことがあるんだ」
環がぼそっと呟いた。
その意味を理解するほど頭は働かなかったし、どうでもいいと思った。

「来い、陸」
環に腕を持って引っ張り上げられた。
どこかへ引っ張っていかれそうになって、
「嫌だ」
陸は環の手を振り払おうとした。
大輔に会いたくなかった。こんな顔を見られたくなかったし、普通の顔をして話しかけられたらきっとその場で立っていられない。
「来るんだよ」
強い力で引っ張られると、力では負けてしまう。
「嫌だ、会いたくない」
引きずられながらも、環に逆らおうとした。
「もう、あいつはいないよ」
――え?
環の言葉に陸は力が抜けた。
「この時期、一ところに長い時間居るほど暇じゃないはずだ」
続けられた言葉に、今度は気も抜けた。
会いたくないと思ったくせに、会えないと分かったらがっかりしていた。
「忘れさせてやるよ」
環がぎゅっと手を握ってきた。

back | top | next

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル