陸がふと目を覚ますと、今まで抱き合っていた人はいなかった。
「寝ちゃったんだ……」
気持ちよくて、そのまま意識はなくなっていたらしい。
「起きたのか?」
大輔が部屋の入り口から顔を出してくる。その人はちゃっかり部屋着を着ていた。
「ん、今何時?」
部屋の電気は消えていて、ダイニングキッチンの明かりが差し込んでいた。カーテンの向こうも太陽は既に落ちて暗くなっているのだろうと思った。
「まだ、八時すぎだ」
大輔が近づいてきて、ベッドの縁に腰を下ろす。
「お腹すいてないか?」
くしゃと頭を撫でる。
「あんまり空いてない」
起きたばかりというのもあるだろうと思った。
「じゃあ、軽いものを作ってきてやる」
そう言って大輔はベッドから立とうとした。
「行っちゃうの?」
今来てくれたばかりなのに、と思った。
「すぐ戻ってくるさ」
おでこをちゅっと唇で啄ばむ。
「早くね」
「ああ」
頭を撫でてくれると大輔はベッドを立って陸が脱ぎ捨てていたスエットを放ってきた。
「それを着てろ」
大輔がスエットを指差す。
「ん」
逆らう気分じゃなかった。
大輔が部屋を出ていくと、しばらくしてコンロに火をつける音がした。
「どうしたんだろ……」
すぐ近くにいるのが分かっているのに、それでももっと近くに居て欲しいと思っていた。身体を繋ぐという行為はただ快感を共有するだけではないように感じ
た。
しばらくして、大輔はトレーに二つどんぶりを載せて戻ってきた。
「熱いから気をつけろよ」
そう言って渡してくれたのは雑炊でふわふわの卵が上に浮かんでいた。
スプーンの上で冷まして、口に入れると出汁の旨みが口に広がる。
「大輔さん、料理上手なんだね」
すごく意外だった。
「舌にあったんなら良かった。あんまり期待するなよ。自慢じゃないがレパートリーは少ないんだ」
大輔が照れくさそうに笑う。
「ううん。きっと何でも美味しいよ」
きっと、美味しく感じる。
雑炊は直ぐに空になった。器を受け取ってくれた大輔はそれをテーブルに置くと真剣な顔になった。
「……大丈夫か?」
心配そうに見てくる。
「うん。もう大丈夫」
違和感はひいていて、立つことはできると思う。けれど、もう少し甘えていたい気もした。
「そうか」
大輔がほっとしたように笑う。
「懲りないでね」
もうしてやらないと言われたら嫌だ。
大輔の顔を覗きこむようすると、大輔はふっと笑った。
「当たり前だ」
そう言うと、大輔は軽く抱いてくれた。
「懲りるのはお前の方じゃないのか?」
耳元で囁くように言う。
「ううん」
陸はあわてて首を振った。
「今すぐでもいいよ」
気持ちはそうだけれど、ただ、ちょっと身体は少し不安だった。
「そんなわけにはいかないさ」
大輔が即答する。
大輔の答えに陸はほっとした。そう言ってくれると信じていた。
視線があうと唇に触れてくる。
「抱きはしない。けれど、触れるのはいいだろ?」
「うん」
それは望むことだ。
「陸……」
突然大輔が視線を落とす。
「何?」
今までと違うものを陸は大輔から感じた。
「俺は、お前が自分から話してくれることを待っていた。待つつもりだった。これからもずっと。だけど――」
大輔が大きく息を吐く。
――待つ? 何を?
「だけど、お前の全てが知りたい。この欲求をどうにもできずにいる」
大輔が苦しげに続ける。
「何を知りたいの?」
大輔が望むなら隠すことなどない。
「俺とお前が出会ったあの時、いったい何があった?」
「え?」
まさかそのことを今更言われるとは思わなかった。
「お前は記憶がないと言ったけれど、それは嘘だろ?」
顔を覗きこむようにされて、陸は思わず顔を伏せた。
確かに嘘だった。
「図星みたいだな」
大輔がため息をつく。
「ごめんなさい」
どうせ言っても信じてもらえないことだと思った。
「何か疚しいことがあるのなら俺を避けるだろうに、お前は毎日のように俺のところに来た」
「うん」
会いたかった。自分を見て欲しかった。
「きっと何か言いたいことがあるのだろうと思ったけれど、お前は肝心なことは何も言わなくて、だから、言ってくれるには時間が必要なんだと思っていた」
それは少し違うと思う。
陸が答えられずに居ると、
「教えてくれないか、陸。お前が何を言っても、お前に何があったとしても俺の気持ちは変わらない。お前一人で抱えてないで、俺にも分けてくれないか? 」
「でも……」
今更、あの時のことを触れられるとは思ってもいなかった。
「何?」
「信じられないことだよ、きっと」
今となっては自分でも夢だったのじゃないかと思ってしまう。
「お前の言うことなら、信じるよ」
「どんなことでも?」
この世界ではありえないことでも?
「どんなことでも」
大輔がまっすぐ見てくる。
――でも
話してしまうことを躊躇った。
「陸、俺はお前の全てが知りたい」
大輔の手が頬に触れてくる。
「お前の全てを愛したい」
大輔の声が耳の中に響く。
「……どうしてもだめか?」
少しの沈黙の後、大輔が苦しげに言った。
この人を今自分が苦しめているのかと思ったら、陸は胸が痛かった。
「……本当に気持ちは変わらない?」
大輔が傍に居てくれるというのなら、言わない理由はない。
「ああ」
大輔がゆっくりと頷く。
「じゃあ、来て」
陸は腕を伸ばした。大輔を感じていたかった。
「明かりを消してくるよ」
立ち上がった大輔はダイニングルームの明かりを消すと戻ってきてくれて、そのまま腕の中に来てくれるのかと思ったのに、窓のカーテンを開けた。
「少し明かりがある方がいいだろ」
「うん」
空にはぼんやりとした月が見えていた。
「陸」
ベッドの中に入ってきた大輔がぎゅっと抱きしめてくれた。
「不思議な話なんだ」
陸は前置きをした。
「それで?」
大輔が先を促す。
「僕は……次元を越えて、異次元の世界へ行っていたんだ」
「……それで?」
少しの沈黙の後大輔が相槌を打つ。声はいつもと変わらなかった。
「そこで……」
陸はごくりと喉を鳴らした。
「陸、ただ事実を話してくれればいい」
「そこで……」
言葉がなかなか出てこなかった。
「大丈夫だ。俺がお前を守ってやるから」
大輔がぎゅっと抱きしめてくれる。
「そこで……僕と……大輔さん……にそっくりな人に出会ったんだ」
それが始まりだった。
「……それで?」
ちょっと躊躇ったようではあったけれど大輔の相槌の声はいつもと変わらなかった。
――良かった。
「それでね――」
陸は少しづつ記憶を辿りながら言葉にしていった。抱いていてくれる大輔の腕は変わらなくて、時々打ってくれる相槌の声も変わらなかった。
そういえばこんなことがあったんだっけ。
そう思いながら、陸は話を続けた。