「着替え持ってきてないのか?」
パスタが載った皿をテーブルに置きながら大輔が聞いてくる。陸は制服のままだった。
「下着とシャツだけ。家の中に居るときは裸でいいかと思って」
陸は本気で言った。外へ行くのは食事くらいだろうからその時は制服でいいやと思った。
「風邪ひくだろ」
大輔が呆れたように言う。
「大輔さんが暖めてくれるから大丈夫」
これも本気で言った。
「そこの引き出しにスエットがあるから、それを着てろ」
大輔が指でチェストを示す。
「着ないとダメ?」
一応聞いてみた。
「だめだ!」
大輔がきっぱり言う。予想はしていたけれど陸は少し不満が残った。
顔をこちらに向けてきた大輔と目があった。
「……時間はたっぷりあるだろ?」
続けられた大輔の言葉は声が優しかった。
「……うん」
陸は自然に頷いてしまっていた。
唇に軽く触れるだけのキスをしてくれて、
「早く着替えろ」
大輔が催促をする。
「うん」
また素直に返事をしてしまっていた。結局は逆らえない。
着替えてテーブルの前に座ると大輔が笑いかけてくれる。大輔サイズのものはぶかぶかで腕や足や腹回りがたぽたぽに余る。
「お前のを用意しとかなきゃだめだな」
大輔が呟くように言う。
それは、またこういうことがあると言うことで、この家の中に自分のものができるならそれは嬉しいと思った。
「早く食わないと、冷めるぞ」
そう言いながら、大輔はフォークにスパゲティを絡めていた。
「うん」
陸は皿に向かって手を合わせた。湯気と共に、トマトの甘酸っぱい匂いが鼻を掠めた。
抱きたい時に、と大輔は言ったのに、大した話もせずどこにも触れることなく外で食べる時と一緒だよと思うような状況で食事は終わった。
片付けを手伝ってと言っても陸は自分の食べたものを運んだだけで、デザートにケーキを食べるために大輔は紅茶を入れてくれた。
陸は鞄からティッシュに包んでいたものを取り出した。
「なんだ?」
大輔が聞いてくる。
「見て」
陸は包みを開けると中から作り物の楓の葉とベルを取り出した。
「クリスマスっぽいでしょ?」
両手で持って大輔に示す。いつかのクリスマスケーキについていたやつをなんでも取っておく母が取って置いていたやつだった。
店から貰ってきたロウソクと飾りをつけると、ただのイチゴのケーキが少しクリスマスっぽくなった。
「お前もイベントとか気にするのか?」
大輔が不安そうな声を出す。
お前は、ではなくて、お前も、だったことにちょっと引っかかった。
「今までは気にしなかったけど」
ケーキを見てクリスマスかと思い雑煮を見て正月だっけと思う程度でどちらも冬休みのおまけにすぎない。バレンタインデーにいたっては男子校だから端からも
らえないと思っているしそういえばと数日経ってから思うぐらいだ。
「けど?」
大輔が先を促してくる。
「気にするようになるのかなあ、と思って」
いつに限らず会いたいとは思う。けれど、見えるところにカップルがうじゃうじゃいたら余計会いたくなるかもしれない。
「なるなよ」
大輔が腕を伸ばしてきて、すぽっと中に抱きこまれた。
「夜まで我慢しようと思っていたのに……」
耳元に熱い息を感じた。
「我慢なんて、しなくていいじゃん」
もう二人の間には何もないはずだった。
「こんな昼間っからやるのか?」
大輔がふっと笑う。
「だめ?」
陸が大輔の顔を覗きこむと、大輔は困ったような顔をした。
「とりあえず」
額を指で軽く突付いてくる。
「紅茶が冷めないうちにケーキを食べよう」
「ん」
小さく頷いて。
「でも、少しだけ」
陸は大輔の胸に身体を預けた。
逞しい体は受け止めてくれて、手は頭を撫でてくれた。
「すぐ冷めるぞ」
大輔の声は急かしているのに、撫でてくれる手はそのままだった。
「ん」
紅茶が冷めてしまうことより、離れることの方が嫌だった。
だけど。
「ローソクに火つけるぞ」
大輔が先を促すように言う。
「ん」
時間はたっぷりある、はず。
「カーテンをしめようか」
優しく身体は押されて、大輔は離れていった。
閉められたカーテンは薄く光を通したけれど、部屋の中は一気に暗くなった。
大輔がライターでローソクに一本づつ火をつけていく。オレンジ色の火は小さく揺らいでいた。
「きれいだね」
ケーキに立てられたローソクの火を見てそんなことを思ったことは無かった。
「お前の方がきれいだよ」
そう言った大輔が見てきて、
「そう言うものなんだろ?」
照れたように笑った。
「そんなこと言われても嬉しくないよ」
きれいだと言われたいわけじゃない。
「じゃあ、何て言われたらお前は嬉しい?」
大輔が首を傾げる。
「僕のこと、好き?」
欲しい言葉は一つしかない。
大輔はふっと笑うと手を伸ばしてきた。
「おいで、陸」
呼ばれて腕の中に入ると、大輔が背中から抱きしめてくれる。
「大好きだよ、陸」
唇が首筋に触れて、陸はぞくっと背筋に這い上がるものを感じた。
「早く……食べよう」
ローソクは短くなっていく。火をつけてしまったものを今更放ることはできない。
「じゃあ、二人で一緒に火を消そうか」
大輔が顔を寄せてくる。
「なんで、そんなに余裕あるのさ」
愚痴になる。我慢できないとか言いながら、声には十分余裕を感じた。
今直ぐにでも身体を絡めたいと思うのに、大輔は暢気にクリスマスのイベントをやるつもりらしい。
「余裕?」
大輔が怪訝そうな顔をする。
「だって……」
触れ合うものが肌でないことさえ鬱陶しく思える。夏ならいざ知らず、この時期にいくらエアコンがついているからといっても裸で過ごすものじゃないと分かっ
ている。でも。
「余裕があるなら腕の中に抱いていたりしないさ」
腕がぎゅっと抱きしめてくる。
「だって、これから、ローソクの火を消してケーキを食べるんでしょ?」
それから片付けて、それから?
「お前がしたかったんだろ?」
もっともなことを言われて陸は返事ができなくなった。
「お前がせっかく買ってきてくれたんだ、美味しいうちに食べよう」
更にもっともなことを続ける。
小さいローソクはもう半分ほどになっていた。
ケーキが食べたかったわけじゃなかった。
「……陸、どうしたいんだ」
返事がないことに焦れるように大輔が耳元で囁くように言う。
その答えなら決まっていた。
「もっと近づきたい。間に何か挟まっているなんて嫌だ。直に感じたい」
一番近いところにいたい。
「いるだろ?」
首筋に唇が触れてくる。
我がままになっていく自分を陸は感じた。腕の中にすっぽり抱き込まれて、息遣いさえ感じる近いところにいて、でも、それだけじゃ満足できずにいた。
「うん、そうだね。早くケーキ食べよう……」
「ああ」
大輔が頭を撫でてくる。
二人で一緒に吹き消したローソクは一本だけ消えずに残った。