「僕も会いたかったよ……」
陸は目の前に大輔がいることを信じていいのかと思った。
会いたかった。だから、大輔のアパートまで行ったけれど、会えなかった。
大輔が時計をちらっと見ると
「少しいいか?」
と聞いてくる。
「うん」
断る返事なんてもっていない。
「じゃあ、家に電話入れとけ」
大輔がポケットから携帯を出してきた。画面を開いてみると電源は入っていた。
陸が携帯に番号を入れているとふわっと何か背中に何かかけられた気がした。見ると大輔がコートがかけてくれていた。
「これじゃ、寒いだろ?」
ずれないように肩を押さえてくれていた。
大丈夫だよ、と言おうとしたのに、家へのラインが繋がった。
母の第一声は「どこにいるの?」で、陸は「駅」と答えていた。
「柏さんから電話があったのよ」
そう言われて、今一緒にいることを告げた。
「何かあったの?」
そう心配そうに言われて、学校で色々やっていたら遅くなったのだと言った。
嘘をつくのは悪いことだと分かっているけれど、正直に全ては話せない。
少し話をして帰ることを告げ、帰りは送ってくれるから、と言った。
そう言われてはいないけれど、大輔を見ると頷いてくれた。
いつもそうだから、きっとそのつもりでいてくれると思った。
「何かあったの?」
切れた携帯を渡しながら、陸は大輔に聞いた。何もなくて会いたいなんて絶対に有り得ないと思った。
「何かなきゃ、会いにきちゃいけないのか?」
「そういう訳じゃないけど……」
嬉しいけれど疑問が先にたつ。
「何もなかったとは言わないけどな、お前こそ今まで何してた? 学校はとっくに終わってるだろ?」
「うん。でも、それをここで話すの?」
通りすがりの人が一度は視線を向けてくる。
「腹減ってるか?」
大輔の問いに、
「うん!」
陸は力強く返事した。
大輔は呆れたように笑うと、
「コンビニで何か買って公園でも行くか?」
とコンビニのある方向を指差す。
「駅まで戻ってもいいよ」
そのつもりで母には駅だと言った。
「遅くなるだろ」
大輔が言い切る。
それを言われたら返す言葉がない。明日が休みならなんとか言えるけれど、如何せん土曜日にも午前中だけとはいえ授業はあった。
「じゃあ、あったかいものにしよう?」
せめてもの提案だった。
大輔がかけてくれたコートは風を防いでくれて、おかげで自分は暖かくなったけれど、二人で着るのは難しい。返すと言っても大輔はいいと言うだろし、正直
コートは暖かくて手放したくはなかった。
「そうだな」
笑いながら大輔が先を行こうとする。
「おでんがいいかな」
陸も遅れないように続いた。
「そうだな」
隣で答えてくれる人がいる。
夜へと向かう時間に気温があがることはないのに、大輔が貸してくれたコートが暖くて、身体が温かくなってくる。それと共に胸の奥も暖かくなってくるように
感じた。
キィとブランコは錆付いた音をたてた。
陸がブランコに座ると、大輔は鎖を持つように立った。
「温かーい」
肉まんとおでんはまだほかほかだった。
「はい」
陸は袋に入った肉まん二つのうちの一つを大輔に差し出した。
「ああ」
渡しながら大輔の手に触れると、そこは酷く冷たかった。
「ずいぶん待った?」
それはたぶん電話をもらってからなのだろうけれど、母からその時間は聞いていなかった。
「お前に比べたら、そんなことはないよ」
大輔が笑う。
何かはぐらかされているような気がした。
「何があったの?」
何かがあったはずだ。
「お前の方が先だ。今まで何してた?」
大輔の口調が厳しいものに変わった。
そんなに問いただすみたいに聞いて欲しくないとは思ったけれど、寒い中での長話はいいもんじゃない。
「渡したいものがあって大輔さんのアパートに行ったんだ」
それは完全に行き違いになった。
「え? 俺のアパートに?」
大輔の声が驚いていた。
「うん」
さっさと帰ってくればお腹が空くことも寂しい思いもしなくて済んだわけだ。
「温かいうちに食え」
大輔がおでんを指差した。
「うん」
おでんは大根とちくわぶがほかほかの湯気をたてていた。口に含むとじゅわっと出汁が広がる。旨みと一緒に身体を内側から温めてくれた。
大輔は渡した肉まんを齧っていた。
「で、渡したいものって何だ?」
大輔が肉まんを飲み下すと、聞いてくる。
「それは、アパートに置いてきた」
本当は本人に直接渡したかったけれど。
「だから、何?」
どんなものなのか聞きたいのは分かったけれど、あっさり言ってしまうのは何か癪だった。
「それより、何があったの?」
こっちにしてみれば、大輔がなぜ急に会いに来てくれたのかが不思議だった。
「それより――」
大輔が言いかけて口を噤んだ。
「時間の無駄だな」
大輔がため息をつく。背を向け離れていったと思ったら、大輔は隣のブランコに座った。ブランコは重いよと言いたげに鈍い音をたてる。きっと昼間ではそれほ
ど気にならない音なのだろうけれど、街灯が照らすだけの暗闇には響いた。
「大輔さん?」
そんなに言いづらいことなのかと思うと心配になってくる。
陸が大輔の方へ身体を向けたら、ブランコはまたギィと鳴った。
「……早紀に鍵を返してもらう約束をしたのに、反故にされた」
大輔がぼそっと言った。
「え?」
鍵なら返してもらっていた。
「突然電話してきて、時間に来ないならもう返さないって言うから、代わりを頼んで約束の場所に行ったのに早紀は来なくて、携帯の電話しても繋がらなくて」
大輔が喉をごくりと鳴らす。
「二時間位してからか、向こうから携帯にかけてきて、鍵なんてないって言うんだ。行くから今どこにいるのか教えろと言っても、聞き流されて、ずいぶん酔っ
払ってるみたいで話がまともに通じないんだ。だけど、一回待ちぼうけを食らわせてやりたかったって言われて――」
大輔が空を見上げる。
「いい気味だって言われたよ」
大輔が大きく息を吐く。白い息は細く風に流されていった。
「お前との約束は守れそうにない」
そう続けた大輔の声は重く沈んでいた。