自分の荒い息遣いが耳の中で響いていた。
「飲むか?」
大輔の声が聞こえて、陸が目を開けると、目の前にはお茶のペットボトルがあった。
「ん」
受け取ろうと身体を起こすと、陸は下腹部に違和感を感じた。
「大丈夫か?」
大輔が心配そうな顔をする。
「平気だよ」
痛みがあるわけじゃない。
「指一本だけでそれなんだ。初っ端から入れようなんて無理だったな」
大輔はペットボトルを渡してくると、ベッドの縁に座った。
「でも……」
陸は不満を口にした。
抱いてくれるということはひとつになるってことだと思っていたから釈然としない。
「俺はお前を傷つけたくないって言ったろ」
それは何回も聞いた台詞だった。
ペットボトルのキャップを開けて一口飲んで。
「……大輔さんはいいの?」
陸は大輔を見上げた。
「俺はいいよ」
大輔は頭を撫でてきて、そのまま引き寄せるように抱きしめてきた。
大輔との距離が少し変わった気がした。
「でも」
陸は寄りかかるように頭を寄せた。
大輔が我慢できないと言ったのに、 自分だけがいい思いをさせてもらってはなんだか申し訳ない気もする。
「……俺はお前の中でイきたい。この次は嫌だって言っても離さないからな」
大輔が頬を摺り寄せてくる。
この次?
「いいよ、大丈夫だよ。待つことないよ。朝まではまだたっぷり時間あるし」
この次なんて言っていたら、いつになるか分からない。
陸は大輔の腕をぎゅっと掴んだ。
「お前も大切だけど……お前を抱くなら、その前に早紀と話をつけたいんだ」
手を優しく包むようにしてくる。
彼女と話を?
それは大輔らしいことで、でも――。
「……話をつけるまで会えないってこと?」
結論が決まっているなら言い渡せば済むことで合鍵が気になるなら鍵を変えてしまえばいい。
色々理由をつけてはいたけれど、それも大輔がその気になれば解決することなんじゃないかと思う。ここまで長引かせるのは大輔に気持ちが残っているんじゃな いかと疑いたくもなる。
「じゃあ、次に会う日を決めよう」
「え?」
意外な言葉に陸は大輔を見上げた。
「中間テストがあるだろ? それはいつ終わる?」
中間テスト?
学生のスケジュールは頭に入っているらしい。
「えっと、12月の第一週の土曜日」
あと一ヶ月程だ。
「それなら、12月の第一は土・日で連休取るよ」
「え? そんなことできるの?」
土日でおまけに連休で?
「ぎりぎりだな。その後は年明けるまで、まともには休めないだろうな。クリスマスも正月も」
「そんなのいいよ」
もともと期待していなかった。
「今回は希望を通させてもらうさ」
「ほんとに?」
夢みたいだと思った。
「我慢できないってのは、嘘じゃない」
ホントに?
「期待していいんだよね」
もし、だめだなんて言われたらショックは大きい。
「ああ」
「もし、早紀さんと話がつかなくても?」
話をつけたいと大輔は言った。
「つけるさ」
そう言って大輔は視線を落とした。
「その代わりっちゃなんだが、お前のこと言っていいか?」
大輔が視線を落としたまま呟くように言う。
「え? いいよ。なんで、全然構わないよ」
それは認めてくれたということだと思った。
「お前を巻き込みたくはなかったけど、あいつも意地になってるみたいだ」
大輔がため息をつく。
「お前に迷惑かけないようにするけど、もし、迷惑かけたらごめんな」
覗き込むように額をつき合わせてくる。
「ううん。大丈夫だよ」
陸は小さく頭を振った。
「大輔さん」
呼ぶと、ちゅっと唇を合わせてきてくれた。
「シャワー浴びてくるか? その方がさっぱりするよ」
「ん」
汗が流れ落ちてくるほどではないけれど、身体がべたべたする感じはした。
「じゃ、待ってろ」
大輔がベッドを立つ。
浴室に入ると、シャワーの音が聞こえてきた。
すぐ出てくると、近づいてくる。
「連れていってやるよ」
膝下に手を入れてくる。
「え、何?」
「ちゃんと捕まってろ」
抱き上げられて、簡単に身体は宙に浮いた。
「え、歩けるよ?」
十歩も歩けば着いてしまうところだ。
「そんなこと言うなよ。何かしてやりたいんだ」
「……もう、してもらったよ」
思い出して、陸は顔に少し熱を持った。他人に弄られてイってしまったのは初めてだった。
「いい顔してたよ、陸」
「やだっ」
あの時にそんな余裕はなかったけれど、ばっちり全部見られていた。
「陸……」
背中を支えている腕で頭を引き寄せられた。
甘い声はそれだけで、胸を熱くした。
――信じていいんだよね
失いたくはない人だった。


朝、陸が目を開けるとベッドの中に大輔はいなかった。
ふっと目がいったテーブルの上に紙切れがひとつ。
『好きにしていいから、適当な時間に帰りなさい』
それは用件だけ書かれたメモだった。

シャワーを浴びた後、身体を絡めあっていたらいつの間にか寝てしまったらしい。
「起こしてくれればよかったのに」
キスのひとつでもして欲しかったと、心が愚痴る。
散々したのに。
足を絡め腕は抱きしめ唇はいつもどこかに触れていた気がする。
以前は居るだけで気持ちが落ち着いた部屋だった。
なのに、今は部屋の主がいないことに寂しさを感じた。
「いつ帰ってくるのかな」
時計を見ると朝の九時を過ぎたところで、きっと出ていったばかりだ。
ベッドにぽすっと倒れこむと、大輔の匂いが鼻を掠めた。
「一ヵ月後だからね」
返事はしてくれない部屋の主に向かって陸は呟いた。
その日は恋人になれる日だった。

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