電源は確かに入れたはずだと陸は思った。お昼に入った釜飯屋で電源を入れた携帯を大輔にそのまま渡した。
「大輔さん?」
電源を落とした?
いつ?
なんで?
「大丈夫。それは保険だ。きっと着信はないよ」
大輔は天井を見たまま答える。
「なんでそう思うの?」
電源を切っていたのに?
それは呼び出しがあると思ったからじゃない?
「以前は環を見たら教えてくれた頼んでいたこともあった。それに、前にも言ったろ?」
「え?」
言われたこと?
それが示すことは思い浮かばない。
「環たちは大人しくなった。お前を傷つけたやつは軟禁状態で、リーダーを失って回りのやつらも大人しくなったよ。傷害やゆすりや他の問題も起こる件数は はっきり数字にでるほ ど少なくなった。今のところは、な」
「そうなんだ」
そういえば、聞いた気もした。
「大きな事件があれば借り出されることもあるが、そうそうあることじゃない」
「うん」
そうそうあって欲しくない。
「だから、着信はないよ」
「うん」
でも、電源は落としていた。
「いつ、落としたの?」
気が付かなかった。
「家に入ってすぐ。陸を先に入れたろ? その時」
「あ、そうなんだ」
それじゃあ気が付かなかったのも分かる。
でも。
「もし、着信があったら?」
それこそ、なんでこんな時に、だ。
「それはそれでその時だ」
「ん」
それは道理で。
分からないものを不安に思っていても仕方ない。
今の状況として、この電源を入れなければ家には連絡できなくて、それを大輔は許さないだろう。連絡を入れられないのなら帰れと絶対言われる。
さっきも着信はなかったし――。
何もないことを願いながら、陸が電源ボタンを押すと、さっきと同じ画面が映し出された。
――着信はない
陸はすぐに家の電話番号を押した。
三回ほど呼び出し音が鳴って、
「もしもし」
と母が出た。
「お母さん?」
母がでたことに陸はほっとした。
「陸? どこにいるの?」
「ん、大輔さんのとこ。今日、泊まるから」
さっさと用件は済ませたかった。
「まあ、また?」
母の声が驚いていた。
「うん」
「他のお友達は?」
「うん、一緒だよ」
二人だけで遊びに行くとは言えなくて、母には複数の友達も一緒だと言っていた。
「いいの? そんなにお邪魔して」
母が訝しげな声を出す。
「ん。いいって。ちょっとみんなで盛り上がっちゃってこのまま帰るのは惜しくて」
絶対帰りたくない。
「他のお友達も一緒ならいいけど……あまり迷惑をかけないようにね」
母はため息と共に許してくれた。
大輔の信頼は厚い。
「うん。大丈夫だよ」
この際口先だけで済むのなら、何でも言ってしまえる気がした。
「お母さんから挨拶したほうがいいかしら?」
母の声が不安げになる。
「大丈夫だよ。誰もそんなことしてないから」
当たり前だ。自分しかいない。
「そう?  柏さんによろしく伝えてね」
ほっとしたような声が聞こえてきて、陸はごめんねと心の中で呟いた。
大輔との関係を正直に言うことは躊躇われた。
母との通話を切ると、すぐに電源も落とした。

「何か言ってたのか?」
大輔が怪訝そうな声を出す。
「ん、よろしくって」
陸は携帯をテーブルの上に置くと立ち上がった。
「シャワー浴びてくる」
大輔に向かって言うと、大輔は小さく頷いた。

シャワー栓を捻ると、出てくるのは最初は水で、それが次第に温かくなってくる。
湯を身体に浴びながら、大輔と本当に肌を合わせることができるのか、陸はまだ半信半疑だった。
陸が浴室を出て部屋を見ると、まだ大輔は仰向けに転がったまま天井を見上げていた。
身体をざっと拭き、バスタオルを持ったまま、陸は部屋に行った。
「大輔さん?」
脇まで行って呼びかけると、大輔が身体を起こす。
「そんなかっこじゃ風邪ひくだろ?」
大輔は眉を顰めた。
「だって、どうせすぐ脱ぐんでしょ?」
抱いてくれると言うなら。
今更、やっぱりだめだと言われても引き下がりたくないと思う。
「ベッドの中に入ってろ」
大輔は視線を逸らすように立ち上がると陸の手からバスタオルを取り上げて、背中を見せた。
大輔の背中を少し見送って、陸はベッドの中へ身体を滑り込ませた。
ベッドの中は冷たくて、身体はぶるっと震えた。
――こっちの方が風邪引きそうだよ
そう思ったけれど文句を言う人はいなくて、早く大輔が来てくれないかなと思った。

耳を澄ますと浴室のドアが開く音がしてシャワーの音が聞こえてくる。
――本気だよね
陸はベッドの中で身体を丸めた。
大輔とは出会って半年だけれど、陸にはその前の半年がある。触れた身体は重ねる前に離れざるを得なかった。

シャワーの音が止まって浴室のドアが開くと、陸の心臓がどくんと鳴った。
待っていたはずなのに不安がふっと浮かんでくる。自分の指向はよく分からないけれど、今まで大輔はノーマルだったはずだ。
同じ身体を抱くことには嫌悪感はないのか、そんなことが今更になって頭を過ぎった。
足音が聞こえてきて陸が顔をあげると、大輔は照明をひとつ落とし手に持っていたものをベッドの脇に置くとバスタオルを身体に巻いたまま陸の上に覆いかぶ さってきた。
少し見詰め合っていて、大輔がふっと笑った。
「怖いって顔してるぞ」
頭をくしゃっと撫でる。
「違うよ」
陸は腕を大輔の首に回した。
このチャンスを逃がしたら、この次はいつになるのか、次があるのかさえ不安になる。
大輔は身体に巻いていたバスタオルを剥がすと、陸の横へ身体を入れてきた。
「嫌だなんて、今更言うなよ?」
腕を背中へ回してくる。
「それは、僕の台詞だよ」
陸も大輔の背中へ腕を回した。何も隔てるものがないまま、初めて触れた肌は温かかった。
「大輔さん……」
その存在を下腹部に感じていた。

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