「それって……」
陸は言葉が続かなかった。
――償いってこと?
助けてやれなかったから、お詫びに付き合ってくれてる?
大輔の言葉からそう読み取れた。
「きっと、あのことがなければ、俺はこうやってお前を抱いてないだろうな」
大輔の手がぎゅっと抱きしめてくる。
「好きだって言ってくれたじゃないか……」
そう言ってくれた、ついさっきも。
「好きだと思ったからといってそれをバカ正直に言えるほど俺は若くない。お前には、それを言わせるだけのきっかけがなければ俺は言わなかったと思うよ」
言わなかった?
「僕に、何かあるの?」
好きだと言えない理由?
そんなものに思い当たることはない。
「お前には幸せになって欲しいんだ」
「だから?」
「俺でいいのか?」
質問が最初に戻った。
「好きだって、最初に言ったのは僕だよ?」
その時は相手にしてもらえなかった。
「だから、それが信じられないんだよ」
「なんで?」
空しくなってくる。
どきどきしながらした告白だった。
「初めて会った時から、お前は切ない顔をする」
目を細めた大輔が頭を撫でていた手で頬に触れる。
「え?」
どんな顔をしているかなんて、特に意識をしたことはなかった。
「特に怪我をしている様子もなくて、ただ、まあおかしいといえば気にかかるところもあったけれど、どこへ行っていたんだと聞いても本人はダンマリだし、母
親から聞いた話では日頃の素行に問題はないし、初めてのことではあるし事を荒立てない方がいいだろうと思ったのに、署へ戻ろうとしたら酷く切ない顔をする
から、戻れなくなった」
大輔が顔を歪める。
言われてみれば、陸に心当たりはあった。どんな顔をしていたのかは分からなかったけれど、行ってしまう大輔をどうしたら止められるのか分からなかった。
あの時は名前もどこにいる人なのかも分からなかった。だから、このまま別れたらもう二度と会えない、そればかり考えていた。
「あの時は……」
少し見詰め合っていたような気がする。
パジャマについていた血をどうした?と聞いてくれて、答えられずにいると、調べてもいいですかと聞いてきた。
髪の毛を一本欲しいと言い、結果がでたら連絡をくれると言った。その時に名前と所属を教えてくれた。教えてくれた名前を何度も何度も口の中で暗唱してい
た。
「目は口ほどに物を言うとは言われるけれど、お前にはどきどきばかりさせられる」
「そんなはずないよ。いつだって大輔さんは冷静じゃないか」
嫌になってしまうほど。
早く二人きりになりたかったのに、それを拒んでいると思えるほど。
「そんなわけないだろ。これでも必死に抑えてるんだ。水族館でも――」
大輔がごくりと喉を鳴らす。
「何?」
腕を絡めたぐらいだ。その時大輔にさして反応はなかった。
「抱いて、とお前の瞳が言っていたよ。夕飯の話のはずだったのに」
ため息をつく。
「そう言いたかったんだから、それでいいんだよ?」
分かってくれたのだとは思った。
「おかげで、食べたいものって言われたらお前の顔しか浮かばない」
大輔がゆるく頭をふる。
陸は大輔の釜飯屋での困惑顔が浮かんだ。
「そういうことだったんだ」
聞こうと思っていた疑問は解けた。
「会うたびに惹かれていく。抱いてなんてしまったら、きっと、もう、離せない」
「本気で言ってる?」
ホントならこれほど嬉しいことはない。
「嘘でこんなこと言える訳ないだろ」
大輔が諦めたような声を出す。
「じゃあ抱いてよ。もう、離さないで」
胸に額を擦り付けるようにした。何かに隔たれている状態じゃなくて、直に触れたい。
「俺はお前を抱きたいとは思うけど、抱かれたいとは思わないよ。お前はいいの? それで」
「え……う、うん」
突然の質問は意外なものだった。
そのことに疑問に思ったことは無かった。抱かれたいと、初めからそう思っていた。
「躊躇するだろ?」
「ううん、そうじゃない。考えてなかったことだから」
まったく。
「そういう指向だって、ことか?」
「そうかも。あまり女の子に関心はなかったし」
自分の指向なんて考えたこともなかった。
「そっか」
大輔がため息をつく。
「そっか……」
もう一度同じ言葉を呟いた。その後に続く言葉は無かった。
「大輔さん?」
陸は途切れてしまった会話が気になった。
答えるように背中に回された腕で大輔にぎゅっと抱きしめられた。
「抱いてよ……」
そうなったら変わる気がする。
いつまでも子供扱いはされたくない。大切なだけじゃなくて恋人になりたい。
「俺も、限界かな……」
大輔が髪をくしゃっと撫でてくる。
「ホント?」
陸が顔を上げると大輔が力なく笑った。
「俺は聖人君子なんかじゃない。夢の中で何度もお前を抱いて、はっとして目が覚めるなんて何度もあったよ」
「ホントに?」
信じられないけれど。
「本当にいいのか?」
「いいに、決まってるじゃん」
遠い先のことだと半ば諦めていたことだった。
「じゃあ……シャワー浴びてくるか?」
「うん」
声は弾んだ。
「その前に、家に連絡を入れておけ」
大輔がポケットから携帯を出す。
「うん」
陸が身体を起こして携帯を受け取ろうとしたら、大輔がはっとして携帯を握った。
携帯が震えたようには見えなかった。
けれど。
「何?」
陸が聞くと大輔がゆっくりと手を開く。手の中から携帯を取って大輔を見ると大輔は天井を見つめていた。
何も答えてくれないことが不安になる。
まさか?
――こんな時に?
こんなもの無ければいいのに――。
そう思いながらも、どうすることもできなかった。
仕方なく、陸が携帯の蓋を開けると、画面は真っ黒だった。