「明日……」
手を繋いだまま見下ろしてくる大輔が言いかけて口を噤んだ。
「明日、僕は休みだよ」
土・日と続く連休だった。
大輔は仕事なのだろうと思う。それは仕方ない。朝放り出されてしまっても文句を言うつもりはない。
言葉を失ったように大輔は視線を逸らした。
「泊まっていっても、いい?」
こんなことがまたいつあるか分からない。
「まだ高校生なんだ。外泊はいいことじゃないだろ」
大輔が視線を逸らせたまま言う。
「じゃあ、この次はいつ会える?」
休みが重なることは稀で、それさえ仕事でキャンセルになるかもしれない。
「来月の予定はまだ分からないよ」
ため息交じりに言う。
まだ月も初めなのに、その言葉はあと一ヶ月は会えないということを示していた。
「夕方からでもいいよ」
学校が終わってから、ただ少し話ができるだけでもいい。
「早紀と……」
そう言って、大輔は一旦言葉を切った。
「早紀と早く決着をつけたいんだ」
大輔がゆっくりと見てくる。
「お前もその方がいいだろ?」
問いかけられて、陸は答えられなかった。
――会うの?
心の中で問いかけて、答えは自分で出せた。
当たり前だ。会わなきゃ話はできない。
「あいつと話をつけるまではお前とこんな形で会うつもりは無かった」
膝を落として視線を合わせてきた大輔が頬に触れてくる。
「嫌だ、そんなの」
それこそいつまた会えるか分からない。
「お前を大切にしたいから」
大切?
「会わないことが大切にすることなの?」
そんなのは嫌だ。
「しかし、気になるだろ?」
当たり前だ。
「大輔さんは彼女のことをどう思ってるの?」
結論ははっきりしているはずなのに、決着はつかない。
「悪いやつじゃないとは、思ってるよ」
聞きたいのはそんなことじゃなかった。
「まだ好き?」
気持ちは残ってる?
もしかしたら、元の鞘に戻るなんてことはある?
それは、いつも不安に思う。
「好きなのは」
大輔がふっと笑う。
「お前だよ、陸」
はっきりと言われて陸は少し驚いた。またきっとはぐらかされる、そう半分以上思っていた。
「じゃあ、いいじゃん」
陸は大輔に飛びつくように抱きついた。
「えっ」
大輔が驚いた顔をして。
「あ!」
陸はただ抱きつくつもりでいて、なのに受け止めてくれると思った身体は簡単に倒れて、けれど、大輔はちゃんと受け止めてくれていた。
「……びっくりしたよ」
聞こえた声と共に、陸の耳には大輔の心臓の音が聞こえていた。

「ねえ」
大輔を下に敷いていた。
「ん?」
手が頭を撫でる。
「僕はどんな存在?」
手を胸に這わせた。胸板の厚さがシャツの上からも分かった。
「大切な存在だよ。それは、何度も言ったろ?」
「ん、そうだね」
言葉では聞いた。
「でも、それじゃ分からないよ。僕は何?」
「何って」
大輔が困ったような声を出した。
「懐いてくるから構ってやってるだけの子?」
まるで近所の幼稚園児のように。
「そういうのを大切とは言わないだろ」
大輔が少しほっとしたような声を出す。
「じゃあ、何?」
「何って……」
また、困ったような声に変わった。
「友達? 恋人?」
すぐ答えを出せるように二つに絞ったのに、大輔は少し口を開いて、けれど答えは言ってくれなかった。
分かっている。
恋人なんて言える関係じゃない。友達と恋人のちょうど間くらい。恋人になる垣根を越えられずにいる。
「恋人、って言ってくれないの?」
好きだと言ってくれのに、なぜ恋人になれない?
「陸……」
大輔の手が頭を撫でてくれる。それは恋人を宥める行為だとは思えない。
「恋人にはしてくれないの?」
好きだと言ってくれるのに。
「……大切な存在。それじゃだめなのか?」
「そんなの嫌だ」
ただ可愛いと撫でられる存在なんか。
「僕はペットでも人形でもないんだよ。好きだと言ってくれるなら、それを行動で示してよ」
身体を包む衣服なんて邪魔だと思う。直に確かめたいものはある。
「お前はまだ――」
「僕がまだ十七だから? 」
大輔はそこに酷く拘る。
「そうだ。だから――」
「じゃあ、十八になったら、どんな言い訳もしない? 来年僕は受験だよ。だけどそんなのは関係ないんだよね。ただ年だけで判断するんだよね。次の日が模試 でも受験日当日でも……」
「陸……」
大輔がため息交じりに呼ぶ。
「ねえ、ホントに歳だけ? 大輔さんにとって何より大切なのは歳なの? 」
それが例え法で決められていることでも、法は人を守るためにあるもののはずだ。
愛しいと思う気持ちを法を盾に誤魔化して欲しくない。
撫でてくれていた手が止まった。
「……何より歳が大切だなんて言ってないだろ」
大輔が困っているのは分かった。
「じゃあ、躊躇う理由は何? 僕を恋人にしたくないのはなぜ? 好きだって言ってくれるのに」
好きだと、大切だと言ってくれるのに。
「……お前はホントに俺でいいの?」
大輔がため息交じりに言葉にする。
「え?」
陸は大輔を組み敷いたまま見上げた。
「前にも言っただろ。お前の隣には可愛い女の子が似合うよ。俺はお前にこれほど好かれる理由が思い当たらない。俺はお前を待たせてばかりだし……助けてや ることもできなかった」
沈んでいく声に陸は胸が痛くなった。
「あれは、大輔さんの所為じゃないよ」
自分の所為だと分かっていた。大輔に見て欲しくて気にかけて欲しくてやったことへの結果だった。
「誰の所為とかではなく助けられなかったのは事実だろ」
「まだ、気にしてるの?」
少し残った傷跡はあるけれど、痛みもなければ動くことにも障害はない。
「もう、誰にも陸を傷つけさせないと思うくらいには、な」
声が優しくなる。
「それが、大切な理由?」
大輔が好きだと言ってくれたのは、怪我してからだった。優しくなったのも、付き合ってくれるようになったのも。
「そうかもしれない」
大輔は深く息を吐いた。

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