大輔が言った通り、帰りにスーパーに寄った。
うどん玉にキャベツに豚肉、それだけで何を作ろうとしているのか陸は分かった。
玉ねぎとにらとにんじんと。かつお節と卵にソースもカゴに入れていた。
「ソースなの?」
疑問に持った。
それもお好み焼き用だ。
「嫌いか?」
大輔が不思議そうに聞いてくる。
「ううん。そういう訳じゃないけど」
焼きうどんなら、醤油だと思っていた。
「陸は育ち盛りだからな」
大輔はおにぎりもカゴに入れていた。
確かに、大輔と比べると十分に育つ余地はあるけれど、ぎりぎり平均は超えていた。
「何か欲しいものあるか?」
大輔が聞いてくるから
「ううん」
陸は頭を振った。
早く大輔のアパートに行きたかった。携帯は生きている。いつその音を鳴らすか分からない。
アパートへの道すがら、薄暗い空の中街灯が付き始めていた。
久しぶりに入った大輔の部屋はひんやりとしていた。
部屋の明かりをつけると、大輔が後ろから腕を回してくる。
「陸」
息が首筋にかかって陸は身体がぴくっと震えた。回された腕がぎゅっと抱きしめてくる。
「僕は……いつでもいいよ」
陸は大輔の手を握った。
抱かれたら今感じる溝を埋められるのかもしれないと思う。可愛いだけでいたくはない。子供としてではなく同じ目線で見て欲しい。
「……飯、作るか」
大輔は自然と話題を逸らしていく。陸は解かれる腕に少しの寂しさを感じた。
大輔はジャケットを部屋の端へ放ると、腕をまくって鍋に水を入れその中に卵を二つ入れると火にかけた。
「何を作るの?」
焼きうどんだと思っていた。
「温泉卵」
背中を向けたまま大輔は答える。
「手伝うことある?」
正直家で手伝いはしていないから戦力になるかは分からなかった。
「すぐできるから奥に行って座っていろ」
背中を向けたままの大輔の答えはそっけなかった。
せっかく二人だけの時間が過ごせるのに、そんなもったいないことはしたくない。
「いいよ、見てる」
大輔の横へ行って脇からひょこっと顔を出した。
「お前は……」
声は不満げだったのに、向けてきた顔は笑っていた。
「ねえ」
「ん?」
野菜を切りながら、答えてくれる。
「自炊してたの?」
包丁を扱う手つきは慣れているように見えた。
「学生時代はな。贅沢できなかったからキャベツには世話になったよ」
キャベツの葉をはがしていく。
「これで旨くなるんだ」
そう言ってお好みソースを指した。
「へえ」
お好みソースはお好み焼きでしか使ったことはなくて、お好み焼きが食卓に並ぶことはそんなになかったからあまり馴染みは無かった。
「まあ、待ってろ」
キャベツが刻まれていく。
「うん」
何ができるのか、楽しみ、ではあった。
「いい匂い!」
大きな皿に盛られた焼きうどんは焦げたお好み焼きソースの香ばしい匂いと上に乗っている温泉卵だけで食欲をそそられた。
「口に合うといいんだけどな」
言いながら大輔が箸を渡してくれる。
「うん」
この匂いで不味いわけがないと思った。
「いただきます」
陸が両手を合わせると、大輔が頷いてくれる。卵に箸を刺すと、黄身がじゅわっと沸いてきた。
「うわっ」
思わず声がでる。
ただ向かいあって食事をするだけなのに、不思議と気持ちが高まっていた。
一口含むとお好みソースの濃厚な味が口の中に広がる。
「ん、美味しい」
甘味があるソースが絡むうどんはいつも食べていた焼きうどんとは違っていた。
「そうか、なら良かった」
大輔も口に運んでいた。
「美味しいよ、ホント」
もっとこんな時間が過ごせればいいのに、と思った。
「ねえ、今度はいつ会える?」
休みが重なることは少ない。
今を楽しみたいけれど、その先も気になる。
「そうだな」
言いかけたくせに、大輔にその先の言葉は無かった。
窓から見える空は暗くて、ぼんやりと小さな満月が浮かんでいた。
食器を片付けて、壁に寄りかかるように並んで座って、陸は学校での出来事を少し話して、相槌を打ちながら大輔は聞いてくれて、それも一段落すると陸は何か
を口に出すのが怖くなった。
相槌の代わりに、
もう帰るか?
そんな言葉が大輔の口から出てくるんじゃないかと不安になる。
次の約束はしていない。
問いかけには応えてくれたのに、その中に欲しい答えは無かった。
肩が触れていて、腕が触れていて、それは片側だけだ。
観覧車でキスしてくれて、部屋に入った途端抱きしめてくれたのに、その後はどこかよそよそしい近づき難い雰囲気を感じた。
それは今も変わらなくて、触れているのにどこか遠い。
「陸」
呼ばれて体がぴくっと震えた。
「もうそろそろ……」
大輔が立ち上がろうとする。
――ほら、やっぱり
予感があたってしまったことが残念だった。
もうお子様の時間は終わりってこと?
離れて行こうとする手を陸は握った。
「陸? 送っていくよ」
そのまま握り返してきた手で立たせようとする。
「まだ帰らない」
帰りたくない。明日も休みだ。急いで帰らなければいけない理由はない。
楽しい時間が過ぎるのは早くて、まだまだ終わりにしたくなかった。