蟹の旨みが染み込んだご飯も、噛むと甘味が口の中に溢れるジューシーな鶏肉も、プリプリの茶碗蒸しもサラダも豆腐とわかめの赤出汁も、お腹が空いていたこ ともあってか、あっと言う間にお腹に収まってしまった。
目の前にはデザートの抹茶のアイスクリームがあった。
一口口に含むと、
「ん! 冷たい」
陸は声が自然にでていた。
大輔が答えるように笑い、コーヒーカップを手に取る。
口の中のアイスは甘くて穏やかな空気が流れていて、これはこれで幸せかも、と陸は思った。
「美味しかった。とっても」
目の前のお皿も空っぽになった。
「それは良かった」
大輔が笑う。
「少し休んだら、観覧車でも乗りに行くか」
「うん」
大輔が乗りたいと思うなら、それもいいやと陸は思った。

口直しのお茶を一口飲んで湯飲みをテーブルに置くと、大輔がポケットから携帯を出してテーブルの上に置いた。
「え?」
陸は大輔を見上げた。
着信音は聞いていない。きっとマナーモードにしていて音は鳴らないのだろう。だとしたら、震えた?
それなら呼び出しがあったということで、デートは終わりということだ。
自分が持っていないからか携帯という存在は頭になくて、大輔は来てくれたから今日一日は一緒に過ごせるのだと思っていた。
文明の利器はどこまでも追いかけてくる。
「お前に任せるよ」
大輔は力なく笑うと、顔を伏せ腕を組んだ。
「着信があったの?」
これから観覧車に乗って、それからアパートに行くのに?
「見れば分かる」
大輔は顔を伏せたままだった。
任せる?
光も発せず震えもせず音も鳴っていない携帯電話はもう既に切れているのだろう。
履歴から削除しちゃってもいい?
無かったことにしてしまっていいってこと?
大輔は腕を組んだまま動く気配は無かった。

陸はおそるおそる携帯携帯を取って蓋を開けた。
シンプルなきっと買った時から変えていないのだろうと思える待ち受け画面が表示されるはずだった。なのに、画面は暗いままだった。
「え?」
あまりにも意外で陸は思わず声がでた。
「せめて半日はお前と過ごしたいと思ったんだ、だけど欲がでてきた」
大輔がひとつため息をつく。
「どうする? お前なら電源を入れる?」
電源?
電源を切っていたならこれは用を足していない。
どうせなら家に忘れてくれば良かったのに――陸は心の中でぼやいた。
「落として壊してもいい?」
大輔を見た。
そうすれば、今日一日は一緒に居られるだろう。
大輔はふっと顔を上げて驚いた顔をして、でもそれはすぐに笑顔に変わった。
「いいよ」
答えてくれた大輔の声は笑顔そのままに優しかった。
「着信あると思う?」
休みが休みでなくなることがどれほどあるのかは知らない。
「さあな」
答えは頼りないものだった。
「ただ、こんな時に限って、ってことはあるからな」
大輔が声を落とす。
そう、何もこんな時に、そう思うことはよくある。
大輔のことだから、電源を落としてはいても気になっていたのだろうとは思った。
どうする? 陸は自分自身に問いかけた。
帰らなくてはいけなくなるかもしれない。
でも――。
電源ボタンを押すと、画面の中心から光が広がった。
「いいのか?」
大輔が訝しげな声を出す。
「壊して欲しかった?」
そう望んでいたかのように聞こえた。
「そんなことはないが……」
顔をゆがめ、口ごもる。
着信がないことだけは確かめた。
「早く観覧車に乗りに行こう」
乗っている間はその場を動くことはできない。
大輔が席から立ち上がったのが見えて、陸も携帯の蓋を閉めて立ち上がろうとした。
けれど、大輔は入り口には行かず、陸の隣に座ってきた。
携帯を握っていた手をそのまま上から包むように握ってくる。陸が顔を上げるとすぐ目の前に大輔の顔があってどきっとした。
――大輔さん?
いくら回りに壁はあるからと言っても、廊下への口はぽかんと空いていて、時折通り過ぎる店員や客が見える。
座ったまますっぽりと抱き込まれて頭を撫でられた。
「ごめんな」
耳元で囁く。
「早く行こ」
ここで着信が鳴ったら後悔するだけだ。
ぎゅっと一度強く抱きしめると携帯を手から取り上げて、大輔はすっと離れて行った。
「行くぞ」
背中越しに声をかけ、廊下に消えて行く。
――なんだよ
文句がでる。
陸は身体の力が抜けて立てないでいた。


観覧車からは遠くに海が見えた。
「小さい〜」
あまり高いところから下を見ることはない。人が歩いている姿は小さいだけで何か別のもののように見えた。
「陸」
呼ばれて。
差し出された手を取ると引き寄せられて、あっと言う間に唇を塞がれていた。包むように柔らかく触れてきた唇はニ、三度啄ばむようにすると離れていく。
「これだけ?」
不満が残った。
「しょうがないだろ」
頂点を越えた観覧車は下へと降りてきていて、隣の箱が見えてくる。
「これがしたかったの?」
観覧車に乗りたがったのは。
一番上にいる時は誰にも見られずに済む。
「そういうわけじゃないさ、他のものが浮かばなかっただけだ……ただ、陸が可愛かったから――」
大輔が目を細める。
可愛いと言われることは少し微妙で、でも、仕方ないのかなとも思う。年の差は縮まらない、永遠に。
「もう、帰るんだよね」
早く二人だけになりたかった。
「夕飯の材料買ってからな」
そっちから仕掛けといて冷静なのが嫌になる。
――いいよ、僕で
それは心の中で呟いておくだけにした。お腹は空くし、ねだったところで玉砕するのは分かっていた。
「何作るの?」
「期待はするなよ」
大輔が手を振る。
「いいよ、何でも」
食べるものより二人でいることが大切なんだから。
携帯の電源を切ってまで時間を作ってくれようとした。陸はそのことが何より嬉しかった。

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