朝九時に駅のホームで待ち合わせ。
目的は水族館。
それは、昨日の電話で決まった内容だった。
遊園地へ行くか? と大輔に聞かれて陸は断固反対した。
新しくできた新名所のビルは? とも聞かれたけれど人を見に行っても仕方ない。
どこへも行かなくても会えればいいからアパートで会うのがいいと言ったら大輔に却下された。
若いもんが明るい時間から家に閉じこもっているのはどうか、とまるで、父親のようなもの言いをした。
妥協案が水族館だった。

ぼんやりと、陸はホームのベンチに座っていた。
階段から一番近い背中合わせになっているベンチは椅子がそれぞれ四つ繋がっている。片方には先客がいたから陸は反対側に座った。
それが十五分前。
まだ、待ち合わせ時間まであと十五分あった。
家に居たら落ち着かなくて、もしかしたらだめだと連絡が入るかもしれない。だめになるのは同じだとしても、電話で連絡がつかなければ、大輔はきっと駅まで 来てくれると思った。
そうすれば、一目だけでも会えるし、次の約束もできるかもしれない。

――やっぱりアパートまで行けば良かった
陸は少し後悔した。
そうすればただぼっと待っていることなんてしなくて済んだはずだ。
寝ているところを襲っても楽しかったかもしれない。
せっかくのチャンスだったのに、失敗したなと思った。
でも、あと十五分。
遅れてくることは考えなかった。

なのに。
ホームの時計が信じられなくて、陸は自分の時計を見てみたけれど、腕にはめられた時計もまったく同じ時間を指していた。
――どうしたんだろう
時計の針は止まることなく時を刻み、待ち合わせの時間から五分が過ぎていた。
ただが五分。
そう思えばそうだけれど、相手が大輔だけに気になった。
寝坊して、まだ寝てるとか?
それとも、こっちへ向かっている最中?
まさか、何かで捕まって来れない状態?

やっぱりアパートへ行けば良かった、と今更ながらにすごく後悔していた。
まさか、待ち合わせ場所が分からずにいる?
進行方向に向かって前と言ったのだから、それを後ろと聞き間違えたりはしないと思う。
改札から進行方向に向かって降りてくる階段に一番近いベンチにいて、ずっと階段は気にしていたから見逃しはしていないはずだった。
祭日だから人がまばらということはないけれど、通学時間帯のような混雑でもない。人より頭ひとつ出るような大輔を見逃すはずがない。
携帯を持っていないから直接連絡することは無理でも、いざとなれば駅の呼び出しもある。
ただ、それすらできない状況もあるかもしれない。

――どうしよう
大輔の携帯に電話してみようか?
けれど、それは仕事中だったらと思うと躊躇われた。

――どうしよう
ぞわぞわする気持ちが這い上がってきて、案もないまま陸はベンチから立ち上がった。
階段を見上げても大輔が来る気配はない。
じっとしていることができなくて陸は階段を上がった。
改札まで行く間に来るかもしれない。そんな淡い期待はすぐに消えた。
階段下で待っているよりはるかに多い人波に、大人しく待っていた方がいいと陸はすぐに引き返した。
待ち合わせ場所にいることが一番良いのだと分かってはいた。
もしかしたら反対の階段から降りてしまって、行き違いになっているかもしれない。
足早に階段を下りて、さっきまで座っていたベンチを見ると、様子に変わりはなかった。
電車は五分間隔ほどで動いているからあまりベンチには座らないらしく、待っている人はほとんど立っていた。
何度聞いたか分からない電車到着のアナウンスが流れて、人は線路脇に集まっていく。
なのに。
ベンチに座っている先客に動く気配がなかった。
かれこれ三十分、そいつも同じように何度も電車を見送っていた。
長い足を放り出すようにしているから、寝ているのかもしれない。
誰かと待ち合わせしているのかもしれない。
自分と同じように?
――まさか?
陸は心臓がどくんと鳴った。

そっと近づくと、そいつは腕組みをして頭を垂れ、確かに寝ているようだった。
「なんだよ……」
陸は口の中で呟いた。
起こさないように、ゆっくりと隣に座って陸はそいつの顔を覗き込んだ。
嬉しいのか悲しいのか分からなかった。

――疲れているのかな
大輔に起きる気配はなかった。
まさか自分より先に来ているとは思わなかったから、気にも留めなかった。
ネクタイにスーツ姿が見慣れているから、ラフなジャケットにコットンパンツ姿はなんとなく馴染まない。
電車はアナウンスどおりホームに着き、人を飲み込んで発車した。残されたのは、自分達と乗り遅れた人が一人、二人。

人が去った後のホームは静かだった。
「起きていいか?」
――え?
寝ているはずの大輔が言う。
「あ……起きてたの?」
いつから?
「ずっとだよ」
顔を上げた大輔が、ふっと笑う。
「知ってたの?」
来た時から全て?
「完璧に無視されたのは、ちょっと悲しかったな」
「あ、ごめんなさい」
自分より先に来ているなんて考えもしなかった。
「でも、楽しかったよ……陸の独り言」
大輔が目を細めて笑った。
「あ――」
陸は一気に耳まで赤くなった。
後ろに人がいるから、そんなに大したことを言ってはいないと思う。それもよっぽど注意して聞いていなければ聞こえないほど小さな声で、電車が行ってしまっ た後に一言二言。でも、聞かれたのが大輔なら話は違う。
あと何分、とか。
今頃何してるかな、とか。
早く来ないかな、とか。
すぐ後ろにいた相手に対して言っていた。

「疲れが一気に取れた」
大輔が頭を撫でてくる。
久しぶりのデートは何か嵌められているような気がした。

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