環と良太としばらく世間話をして、電話番号やメールアドレスの交換なんかをして、環と良太は帰っていった。
「待つつもりか?」
そう聞いてきた環は呆れた顔をしていた。
けれど、今日会っておかないと、今度いつ会えるか分からない。

陸が机を並べ直しているといきなりドアが開く音がした。
――大輔さん?
はっとして陸が入り口を見ると、そこにいたのは大塚さんだった。
「ごめん、まだいたの?」
大塚さんも驚いたようだった。
「あ、はい……大輔さんに話があって」
もうアパートに来てはいけないと言われたら、ここでしか会えない。駅で待っていたりしたら、それこそすごく怒られそうだ。
せめて、次の約束をしたかった。
「あ、そう。もう少しで戻ってくると思うんだけど」
大塚さんは後ろを向いて廊下を見てくれた。
もうかれこれ一時間は経っていた。
「大丈夫です。勉強しながら待ってます」
そのつもりで来たのだから。
「そう?」
大塚さんは少し考えるような風だった。
「じゃあ、帰るときに寄ってね」
隣の部屋を示す。
「あ、はい」
許しを得たことにほっとした。
「あまり遅くなりそうだったら、帰りなさいね」
最後に釘をさされて。
「はい」
陸は仕方なく頷いた。

――早く来てくれないかな
そう思うとなかなか集中できなくて、あまり遅くなると怒られるかもしれないと思うと気が焦った。
大塚さんが来てから三十分は経っていた。あと三十分待って来なかったら帰らなくちゃいけないかな、と思う。
この時間になったら家に帰れと言われている時間だった。

もし会えなかったら、また逆戻り?
また廊下で待っていなきゃいけないのだろうかと思う。
けれど、あの時と状況は違う。待っていることを大輔は許さないだろう。
じゃあ、どうなる?
考えは悪い方向ばかりにいく。
廊下での話声が耳に入ってきて、陸は席を立つとドアに駆け寄った。
空耳?
静かになってしまった廊下に一瞬残念に思い、でも確かに聞こえたと、陸は一度深呼吸をしてそっとドアを開けた。廊下に顔を出して大輔の顔が視界に飛び込ん できて自然と顔が緩むのが分かっ た。
――良かった
陸はふっと身体の力が抜けた。

「陸」
大輔が気が付いてくれて近づいてくる。表情が少し硬い気がした。
「大丈夫?」
ずいぶん絞られているみたいだと言っていた。言ってみれば事の発端は自分だった。
大輔は少し口元を緩めて、頭に触れてきて、そのまま撫でてくれた。
子供扱いに少し不満はあったけれど、久しぶりに触れてくる手は嬉しかった。
「お前が心配することじゃない。ただ――」
大輔が言葉を切る。
「何?」
ちゃんと言ってくれないことが不安になる。
「だめになった」
大輔の声に残念だという響きを感じた。
「……仕方がないよ」
駅から見てきた人の数は何かのイベントがあったのかと思えるほどだった。
「口コミで広がってたなんて予想しなかった。陸の件で分かりそうなものなのにな」
大輔が呟くように言う。
そういえば、と陸は思った。
鶏冠の一件は誰かから伝わったことだった、らしい。
「帰るか?」
聞かれて、陸は大輔を見上げた。一週間ぶりに会えたのに、それはわずかな時間で、次の約束もしていない。
「送っていくよ」
小さく笑った大輔に、陸も小さく笑った。


横を歩きながら、大輔をちらっと見ると大輔は難しい顔をしていた。
「ねえ」
声をかけると、顔を向けてくれる。
「また、アパートに行っちゃだめ?」
会えるだろと言われていた勉強会が中止になってしまったのだから、じゃあ、どうするかと言えばそこの戻ることしか考えつかなかった。
何時とも知れない連絡を待っていることだけは嫌だと思った。
難しい顔をしたまま大輔は考えるように視線を逸らした。
歓迎してくれていないのは直ぐに分かった。
けれど、会いたい気持ちはあって、自分ばかりが思っているようで胸が苦しくなってくる。
このまま別れてしまったら、もう会えないなんてことが有りそうに思えてくる。
――会えないのは大したことじゃないのかな
大人だから?
それとも、それほど気持ちはない?
会えて嬉しいはずなのに、気持ちが沈んでくる。

「次の祭日は休みなんだ」
そう言った大輔はまだ難しい顔をしていた。
「え、じゃあ」
会えるのかな、と思う。
「どこか、遊びに行くか?」
「あ、うん!」
沈みこみそうな気持ちが浮上してきて、身体まで軽くなってきた気がした。
「でも、もしかしたら、だめになるかもしれないぞ」
「なんで?」
「仕事が入るかもしれない」
「それだけ?」
「他に何があるんだ?」
大輔が意外そうな顔をして見てくる。
「いいよ。その時はその時で」
仕方ない。
「……いつまで、お前はそう言ってくれるのかな」
大輔が力なく笑う。
「僕は変わらないよ」
分かっているつもりだった。仕事より優先させてくれとは言わない。
大輔は何も言わなかった。
けれど、微妙な笑顔はちゃんとした笑顔になって、頭をぽんと撫でてくる。
触れてくる手に胸の中がほわんと温かくなる。
陸はそっと大輔の腕を掴んだ。
「どうした?」
大輔が意外そうな声を出す。
暗闇に紛れて、少しは恋人らしいことがしたいと思った。
「大輔さんも変わらないでね」
誰かのところへ行かないで欲しい。
「俺は、変わりたくても変わらないよ、きっと」
半分諦めたような投げやりな声を出す。
「うん」
そのままでいて欲しいと思った。
ずっと続いて欲しい道は、あっと言う間にまぶしい駅のライトで照らされていた。

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