「誰と?」
大輔が何でそんなことを聞くんだと言いたげな、不思議そうな声で聞き返してきた。
「誰とでも……いつか、そう考えてる?」
それはすごく自然なことで。
自分の身の回りのことをしてくれる人がいることは大輔にとって必要なことなんだろうとも思う。

しばらく沈黙があった。
「……あいつが、そんなこと言ったのか?」
呆れたように言う大輔の声にため息が混じっていた。
陸は頷くことも頭を振ることもできなかった。
「正直、先のことは分からない」
それはもっともだと思える答えで。
「お前に振られたら、考えるかもな」
続けられた言葉に陸はとくんと心臓が跳ねた。
このまま、いられる?
でも――先は分からない。
大きい手で頭を包むように撫でられて、陸は大輔の胸に額をこつんと合わせた。
絶対なんてことはあり得なくて、大輔らしい答えだと思う。
でも、絶対という言葉が欲しいときもある。
「大輔さんにとって、僕は何?」
恋人だと言い切れる自信が陸にはなかった。
「……大事な……大切な存在だよ」
頭上に微かに息を感じた。
「どれくらい? 誰より?」
一番でありたいと願うのは我がままなのかな、と思う。
「比べることなんてできないよ。じゃあ、陸は俺のことどう思う?」
返されて。
「大切だよ。この世界で一番。誰よりも」
陸は即答した。
それは、嘘やごまかしじゃない。心の底から思う。
撫でてくれていた大輔の手が止まり、そして、大輔は喉をごくりと鳴らした。
「お前みたいに言えたら、いいんだろうな。そうしたら、お前を不安にさせることもないんだよな」
独り言のように呟く。
「言ってよ」
催促したのに、大輔の答えはなくて、代わりかのようにぎゅっと抱きしめられた。
心の中を覗くことはできないけれど、大切に思っていると言ってくれた言葉は本当だと思う。
一番とか絶対とか、今はそう思っていたとしても先は分からないから口にはできない人だとも思う。
「じゃあ、抱いてよ……」
言葉でくれないなら、態度で示して欲しいと思っちゃいけないのかな、と思った。
「お前は……」
大輔がこぼすように言う。
「僕は何を信じればいいの? いつだって、子供扱いで……横に並んで立てるとは思ってないよ。だけど、いつも誤魔化されているような気になる」
優しく撫でてくれる手も、かけてくれる言葉も。それが恋人に対するものとは思えない。
「大切だからこそ、大事にしたい。お前を全部、ずっと、永遠にきれいに取っておけるならって思うよ。だけど、俺はきっと我慢できなくなる。だけど、今 は……」
手が優しく撫でる。
「いいよ、我慢なんかしなくて――」
男と女じゃない。結ばれたことで生まれてくるものはない。言わなければ誰にも分からないことだ。
「少なくとも――」
大輔は一回言葉を切った。
「あいつとのことがはっきりするまでは。わだかまりがあるままで、お前を抱きたくはない」
「何も変わらないよ。だって、大輔さんは僕を選んでくれるんでしょ?」
陸は大輔を見上げた。
はっきり肯定してくれると信じていた。
「選ぶも選ばないもないさ」
大輔は笑った。
「俺にはお前しか見えない」
「ホントに?」
「俺が考えていること、みんな見せてやれればいいのにな。そうしたら、きっとお前の不安なんてなくなるんだろうな。それを伝えるために言葉があるのに ――」
大輔が目を伏せる。
「俺はそれをうまく伝えられないんだな」
「あ……」
陸は頭を振っていた。
「大切に思ってくれているのは分かるよ」
自信はないけれど、早紀もそう言っていた。
「でも、不安なんだろ?」
「だって、好きなんだ」
同じ世界で生きている人だから、消えてしまうことはないと分かっている。
「だって、好きなんだ……」
陸は縋るように繰り返した。
「陸……抱いたからって不安じゃなくなるわけじゃないだろ? ひとつになれるのはその時だけで、心の中が見えるわけでもない」
「でもっ!」
「人を抱くことに求めるのは気持ちだけじゃない。陸、お前も男なら分かるだろ?」
「でも……」
「信じられないと思うやつになんて抱かれるなよ。何も変わりはしない。空しいだけだ。俺は陸をそんな風に抱きたくはない」
「ずるいよ……」
大輔からの言葉はすべて正論のように思えて、突付く隙さえ見つけられなかった。
「急ぐことはないさ」
反論はできなくて、けれど、心の中にくすぶるものはあった。
大人だから?
自分の思いばかりが暴走するようで苦しくなる。
「今日はもう寝ろ。明日は学校だろ?」
諭すように言う大輔の言葉に陸は答えたくなかった。
大輔は小さくため息をこぼすと、
「お前の生活に支障を与えるようなら、合鍵は返してもらわなきゃなんないな」
陸が逆らえないと分かっているだろう言葉を繋ぐ。
――ずるいよ
本心は心の中で呟いた。
「じゃあ、ずっと手を握っていて」
陸は大輔の手を取ると、きゅっと握った。大輔が少し顔をしかめて、それで許してあげようと思う。
環が言った、大輔に甘いという言葉が浮かんだ。
しょうがない――好きだから。
離れたくないから、いつも妥協してしまう。
「朝までずっとだからね」
「ああ」
大輔が仕方ないな、という顔をする。
きっとそんなのは無理で、朝手が離れていたら何か難問をぶつけてやろうと思った。
――何がいいかな
考えながら、ベッドの中に入って、
「おやすみ」
すぐそばに声を感じて安心する。
「ん」
体が温かくなってくると、思考が中断する。
ぬくもりが嬉しかった。

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