すぐ帰ってくると言ったのに、大輔はなかなか帰ってこなかった。
きっと行ったのは近くのコンビニで往復10分の買い物に5分と見積もったのに、既に三十分が過ぎていた。
迎えに行って、入れ違いになってもばかばかしい。
大輔が行った先が自分が思うコンビニとも限らない。
人を待つ時の時間は長く感じて、不安ばかりが大きくなっていく。
陸にできることは、身を硬くして待っていることだけだった。

かつんと響いた音にはっとして、けれど、その足音は大輔ではなかったらしい。遠くで鍵を開ける音がした。
――今どこに?
そんなことを聞ける連絡手段は持っていなかった。
ただ、ここは大輔の部屋でいつかは帰ってくるところだ。だから待っているしかなかった。
次の足音を聞いたのは、十五分後で、半分諦めていたのに、ふいにドアが開く音がして陸は反射的に立ち上がっていた。
「大輔さん?」
部屋から顔を出すと、大輔が少し驚いた顔をした。そのまま抱きつくと、少し汗の匂いが空気の匂いに混じっていた。
「すぐそこのコンビニに行くだけで、そんなに心配そうな顔することないだろ?」
大輔の声は優しかった。
「時間、かかりすぎだよっ!」
駅まで往復しても十分余る時間だ。
「ああ」
ひとつため息をこぼすと、大輔が身体を離す。
「お前が話してくれないんだから、仕方ないだろ」
大輔は愚痴るように続けた。
「電話したの?」
あの人に。
できればもう二度と会って欲しくない人に。
「お前がこんな時間までぼんやりしてたのも、帰りたくないなんて駄々をこねるのも全部あいつが原因なんだろ? でも、お前が何も言ってくれなきゃ何があっ たのか分からないじゃないか」
段々と声に苛立ちが混じってくる。
「あの人はなんて言ったの?」
絶対言いたくなかった言葉をもう聞いた?
大輔は答える代わりに荒く息を吐いた。
「ただ、珍しいものが手に入ったから差し入れに行っただけだって。それしか言わない。それだけのはずがないだろ?って何度言っても、二人で食べて、すぐ 帰ったって」
大輔が天を仰ぐ。
「お手上げだよ、陸。教えてくれ、何があったんだ?」
声にため息が混じっていた。
陸はゆっくりと頭を振った。
「早紀さんの言う通りだよ」
確かに、なかなか手に入らないものを持ってきてくれて、二人で食べて、たぶん、すぐに帰ったのだろう。
「じゃあ、なんで、そんな不安そうな顔するんだ。早紀の言う通りなら、最初からそういえば済むことだし。そんな不安そうな顔したり、そこのコンビニに行っ て帰ってきたくらいで飛びついてくることもないだろ?」
答えられなくて、陸は顔を伏せた。
たったひとつの言葉が自分を不安にする。
きっと早紀にとってはたわいも無い会話のひとつで気にも留めていなかっただろう。
「また、だんまりか……」
呆れたように言う。
「弁当買ってきたから、とりあえず食え。腹が減ってるときは良くないことばかり考えるもんだ」
大輔がコンビニの袋を差し出してくる。
陸は受け取る気にはなれなかった。
諦めたらしい大輔は陸の肩を抱くように奥の部屋に入ると、ローテーブルの上に袋を置いた。
「とりあえず、食え。話はそれからだ」
両手で肩を押されて、陸の体はテーブルの前に座っていた。
そのまま大輔もしゃがみこむように座る。
袋から弁当を出し、ビニールを剥がしながら。
「何か理由があるんだろ? だけど、言ってくれなきゃ分からない」
呟くように大輔が言う。
箸を差し出してきて。
「どうしたらいい? お前の言う通りにするよ」
顔を覗きこむようにする。
「ほんとに? なら――」
言いたいことがあったのに。
「ただ、これ、食ってからな」
陸の言葉は遮られた。
手を取って箸を握らせてきて、袋の中からペットボトルも出してくれた。
「な」
確認するように言われて、陸は小さくうなづいた。
「いただきます……」
大きな鳥のから揚げが入った弁当は、まだ温かかった。


弁当を食べると、シャワーを浴びろと言われて、陸はシャワーを浴びると、大輔が出してくれたパジャマに着替えた。
泊まるのは初めてで、時間が経って気持ちが落ち着いてくると、今度はなんだかそわそわしてきた。
大輔がシャワーを浴びている間、陸はベッドの上にぽつんと座っていた。
お前の言う通りにするよ――そう大輔は言ってくれた。
ホントに?
疑問はある。
言ったらなんでも叶えてくれるのだろうか。
胸がとくんと弾む。
シャワーの水が流れている音が止まると、しばらくして風呂場の扉が開く音がした。

「明日、何時に出ればいいんだ?」
大輔が髪をタオルで拭きながら、部屋に入ってくる。見慣れたスーツ姿と違い、どきんとした。
「あ、お揃いだ……」
青と水色で色は違うけれど、縦に入ったストライプの柄は同じだった。
「ああ、気が向いたときに何着か買っておくんだ。いつでも買いにいけるとは限らないしな」
バスタオルを首にかけて、隣に座る。
「落ち着いたみたいだな……」
頬に手をかけると、大輔がふっと笑った。
「ん……」
不安が解消されたわけではないけれど、帰らないと騒いだ自分が少し恥ずかしかった。
けれど、それを怒るわけではなくて、大輔は受け止めてくれた。今気持ちが落ち着いているのは、そんな大輔の態度が大きいと思う。
大きな手は温かかった。
頬に触れていた手はそのまま包み込むように背中へ回されて、身体はすっぽりと腕の中へ入っていた。
「何があった?」
耳元で囁く声は優しかった。
「大輔さんは……結婚するの?」
その答えが『いつか』というものだったら、それは別れがあることを意味していた。

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