「陸」
唇に微かに触れながら、大輔が呼ぶ。
陸は答えたくなかった。
声を塞ぐように唇を塞いで、逃げようとする大輔の舌を追った。
「陸っ」
振り切るように顔を離し、今度ははっきりと言葉にした。
力で敵うはずはない。
「嫌だ……」
陸はゆるく頭をふった。
「陸、言ったろ。お前はまだ十七歳なんだからって」
「だから、何?」
この期に及んでそんなのは理由にならないと思う。
「規則には必ず理由がある。禁じられていることには、ちゃんと意味があるんだ」
「だから、何っ?」
泣きそうになってくる。
「これはないだろ」
陸が伸ばした手は大輔に捕まえられていた。
「でも――」
捕まえられる前に触れた大輔のものは確かに熱を持っていた。
「お前が興味を持つのは分かるけど――」
「興味だけじゃないっ!」
誰でもいいわけじゃない。この人だからと思ったことだ。
「遊び半分だとは思ってないよ、だけど」
「だけど?」
「俺はお前を大切にしたい」
甘い言葉は反則だと思う。
「……女じゃないんだから、初めてだってことがそんなに尊ばれるもんじゃないよ。男ならむしろ経験があったほうがいいって言うじゃん」
だからと言って誰でもいいとは言わない、鶏冠なんて絶対嫌だと思う。
だけど、抱いて欲しいと思う人はいつも頑なだった。
あの人も、この人も。
「それは、本気で言ってるのか?」
「大輔さんには、本気」
誰にも、とは言えない。
大輔はふっと笑うと、頭を撫でる。
大切というより、完全に子供扱いしてるだけじゃないのと陸は思った。
「僕じゃ、相手にならない?」
子供すぎて。
「なんで、そう思うんだ?」
「だって」
子ども扱いだから、と言えば本当に子供扱いされそうだと思う。
かといって、他の理由が咄嗟にはでてこない。
「分かったんだろ? 」
大輔がぎゅっと抱きしめてくる。衣服を通して下腹部に熱いものを感じた。
「お前を抱くのは簡単だ」
耳に熱い息を感じた。
「じゃあ、なんでだめなの?」
「だから、言っただろ。規則には必ず意味がある。破る必要があるのか?」
必要かと聞かれたら答えに困った。
「例えば、今日しかその機会がないのだとしたら、むしろしない方がいい。知らない方がいいことはたくさんある」
知らなければ?
切なさも悲しみも知らないで済むのなら、その方がいいに決まっていた。
「もし、俺がお前と同じ年だったら、お前がこの部屋に来た日に、そういうことになっていたよ」
大輔が続けた。
「嘘だ!」
陸は叫んだ。
あのときは完全に拒絶された。
「お前の年の頃はそれなりの好奇心もあったし、お前のことは初めて見たときから憎からず思っていたから――」
「嘘だっ」
なんで言い訳なんかしてくるんだよ、と思う。
通いつめても、めったに相手にしてもらえなかった。
「本当だよ。そう思ったから、余計に関わらないほうがいいと思った。まっすぐに育っているお前には、そのまままっすぐ育って欲しかった。それは本当だ。あ
のとき言った、お前の隣にはかわいい女の子の似合うと言った言葉も嘘じゃない。今でもそう思うよ、陸……」
「それって、どういう意味?」
訳がわからなくなってくる。好きだと言ってくれた。好きな人の傍にいたいものじゃないの、と思った。
「陸が幸せならそれでいい。本当にそう思うんだ。だけど――」
大輔が額をこつんと合わせてくる。
「だけど、本当にそうなったら、三日はご飯も喉を通らないくらいに凹むだろうな」
大輔の声が寂しそうだった。
凹む? 本当に?
でも。
「三日だけ?」
少し不満だった。
「三日は、って言っただろ。俺がお前にしてやれることなんて何もないのに、お前が誰かのものになってしまうのは嫌だと思ってる。いつでも会いたい時に会え
るなら、そんなことも思わないだろう。だけど、それはできないから――」
大輔は言葉を詰まらせた。
何かを怖がってる?
陸にはそう感じた。
「僕が望むのは、大輔さんが同じ世界に居てくれることだよ」
ただ、それだけなのに。
あの人のように、どんなに会いたくても会えない違う世界の人にはならないで欲しい。
それだけなのに、怖がって欲しくない。
「それだけ?」
大輔が怪訝そうに眉を潜める。
「うん。それだけ」
陸が答えると、大輔は顔を離し少し呆れたように笑った。
「幸い、ドラマみたいに派手なことはないから、それは約束できそうだよ」
大輔の答えは違う意味に取ったんだと分かったけれど、陸はそれはそれでも良かった。違う世界で生きていることとあまり変わらない気がした。
「じゃあ、約束」
小指を出すと、指を絡めてくる。
「それでも……どうしても、だめ?」
大輔は抱くのは簡単だと言った。
「俺たちは本当にやっていけるのか、まだわからないだろ?」
大輔が顔を窺うようにする。
言葉に迷いは無くて、大輔に譲る気はないのだろうと思った。
結局、歳は態のいい理由に思えた。
「どうしたら、やっていけるかどうか分かるの?」
それは歳じゃないだろうと思う。
「お前が18歳になったら」
「質問と答えがあってないよ」
陸はぼやいた。
どうしてもそういうことにしたいらしい。
「お前が、そういうことが分かる歳になるってことだよ」
「あと数ヶ月だよ。あんまり変わらないよ」
体は大きくなっても、考え方がそれほど変わるとも思えない。中学生の時と今を比べてもそれほど変わったとも思えない。
「なってから、聞くよ」
「どうしても?」
「ああ、どうしても」
小指を絡めていた手を握ってくる。
なぜ?
「僕のこと好きだと思ってくれてる?」
「ああ」
大輔が目を細める。
「なんで平気なの?」
熱は感じるのに。
「無駄にでも、歳取ってるからかな。言っただろ、お前の歳だったら、きっと抱いてる」
「タイムスリップする?」
「できるのか?」
「できた気になる」
「そうしたら、お前はいくつだと思う?」
大輔が笑う。
「分からないよ」
大輔のはっきりした歳を知らなかった。
「ぴかぴかランドセルを背負ってるよ。いくらなんでもそんなやつに手なんて出せないよ」
「大輔さんだけ」
諦めきれなかった。
この次はいつ会えるのか分からない。それこそ18歳になるまで、この関係が続いているのか分からない。
「すぐだよ、陸。もう一年もないんだから。だから、今日はこれで許してくれ」
ぎゅっと抱きしめてくる。
衣服を挟んで、確かに熱いものを感じた。
あんまりわがままを言うと、18歳になるまで会わないって言われちゃうかな、とふと思った。
「ねえ、キスならいいんでしょ?」
大輔に声をかけた。
「いたずらしないなら」
大輔が訝しげな顔をする。
「ん、もうしない」
大人だから?
ちゃちな小細工は通用しないらしい。
「なら」
大輔は優しく笑うと、軽く唇を塞いでくる。
「もっと」
陸は腕を大輔の首に回した。
また、お預け?
大輔が言うすぐは、陸には遠い先のように思えた。