オープンカフェのテラスの傍には大きな木があって、その木が大きな日陰を作っていた。太陽の日差しが遮られるだけで、むっとした空気が和らげられる。
「これから、どうする?」
軽く食事を済ませた後、テーブルの上には陸が頼んだアイスティと大輔が頼んだアイスコーヒーが残っていた。

「ん……」
ジェットコースターに乗った後、観覧車に乗って、もうひとつの一回転するジェットコースターに乗った。
「どうした?」
気遣うように大輔が顔を覗き込んでくる。
その後にも、普通のジェットコースターに乗って、その後で、水に飛び込むジェットコースターにも乗った。
ここにあるジェットコースターと言われるものはすべて制覇したことになる。
二つ目、三つ目と段々と過激さは無くなり、大輔も笑顔も見せていた。けれど、陸の気持ちは沈んでくるばかりだった。
「ううん、何でもない」
特に何かあったわけではなくて、自分の気持ちにずれがでてきただけだ。
「疲れたか?」
「ん、少し疲れたかも……」
久しぶりの外出ではあった。
「じゃあ、もう少し休んで帰るか?」
覗き込んでくる鳶色の瞳に優しさが映っていた。心配してくれているのだと瞳で分かる。
「ううん」
陸は咄嗟に頭を振っていた。
「でも、あんまり元気ないな。最初に乗るまでは元気だったのに、平気そうな顔してても、やっぱ、あれはきつかったか?」
――ううん
言葉は心の中で呟いて、ただ頭を振った。
「観覧車で疲れたりはしないだろ?」
「うん」
陸は小さく頷いた。
気遣ってくれることを声から痛いほど感じる。
「じゃあ、その後が余計だったか?」
「そうじゃないんだ」
全部自分のためだと陸は分かっている。
分かっていて、くすぶる胸の中が痛くて素直に喜べない。
「どうした?」
大輔が不安そうな瞳を見せる。
「足が痛いのか?」
続けて聞かれて陸はまた頭を振った。
「じゃあ?」
大輔が考えるように遠くを見る。
「ううん、何でもない。ただ、ちょっと久しぶりの外出だから、疲れたかも……」
嘘は言ってない。
大輔は顔を向けてくると、優しい笑顔を作って大きな手で頭を撫でてくれた。
どこから見てもそっくりなのに、あの人じゃない。
だから?
真面目で優しくて大切にしてくれて、いったい何が不満なんだよ、と自分に対して思う。
「じゃあ、やっぱ、帰るか? まだ乗りたいものがあるならまた来ればいいだろ?」
次があるの?
そんなことは口には出せなかった。
帰る?
それは嫌だと思う。
「まだ、帰りたくない」
まだ、この人の傍にいたいと思った。
「じゃあ……」
大輔がまた考えるように遠くへ視線を向ける。
「大輔さんの家へ行っちゃだめ?」
誰の目にも触れないところ。
二人だけになれるところ。
「だめってことないけど、まあ、どうせお前には一度見られてるからな」
「うん」
あの時は拒まれた。
少し考えて。
「じゃあ、そうするか」
大輔はため息交じりに言った。

鳥のさえずりが聞こえてきて、風がふんわりと体を掠めていく。
「もう少し休んだらな」
確認するように大輔は続けた。
「うん」
それはきっと自分のことを考えてくれているのだと陸は思う。
そうやって、いつも考えてくれる。こんなに優しい人はいないと思う。
あの人とは違う――だから、何?
そんなことは分かっていたことのはずだ。
見なければいい。
忘れればいい。
もう、ジェットコースターになんて乗らなければいい。
そうすれば、胸は痛まない。
「今日は一日いいの?」
休みでさえ、仕事をしていたような人だった。
「ああ、呼び出しがなければ、な」
「あ、そう……」
やっぱり、独占なんてできないんだと思う。
「環たちは大人しくなったし、あの時の――あいつらも今は監視が厳しくて大人しいもんだよ。お前のおかげで俺はずいぶん楽させてもらった」
「そんな……」
陸は思わず顔を伏せた。
大輔の力になりたいとは思ったけれど、後で思うのは自分の甘さばかりだった。
「痛い思いもさせたな……」
大きな手が髪をくしゃっと撫でる。
陸は小さく頭を振った。
顔も声もしぐさも匂いも、これほど似ている人なんて、どこを探してもきっといないと思う。
陸はアイスティの残りを一気に飲み干した。
そして。
「早く行こう」
大輔を急かした。
「もう、いいのか?」
大輔がグラスに手をかける。
「うん」
忘れればいい。
もうここへは来ない、と陸は思った。


昼過ぎの電車は比較的空いていた。
隣同士に席に座ると。
「起こしてやるから寝ちゃってもいいぞ」
大輔が声をかけてくる。
「うん」
別に眠いわけではないと思ったけれど、陸は大輔の肩に頭をのせた。
走り出した電車はかたんことんと優しく揺れながら進んでいく。
心の中でくすぶるしこりはある。そのしこりがきりきりと心を削る。今朝まではすべて預けることができたのに、少し距離ができた気もした。
忙しいこの人と離れることは簡単だと思う。
会えば優しいし大切にしてくれる。けれど、今日も陸が言い出さなければそのまま流れていたかもしれないし、本気でもう会えなかったかもしれない。
大輔が連絡をくれることは考えづらかった。
じゃあ、やめる?
胸のしこりが突ついてくる。
違うと分かったのなら、拘るものがあるのなら、深追いはしない方がいいよ。
冷たいを思えるほど冷静な声が頭に響く。
――やめる?
ふいに大輔の手が頭に触れた。
優しく撫でてくるその手に、いつまでも子供扱いだと不満がでても心の中は温かくなってくる。
――いるわけないじゃん
心の中で愚痴るように陸は呟いた。
こんなに似ている人が他にいるわけがない。

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