足音が止まると、ドアが開いて顔を見せたのは大輔だった。
――今日で最後?
もう明日からは会える保証はない。
「ごめん。待たせちゃったね」
ドアを押さえながら大輔は言い小さく笑った。
「そんなこと……」
陸はかぶりを振ると顔を伏せた。
迎えに来てくれたのだから、席を立って行けばいい。大輔もそのつもりだから部屋に入ってこないのだろうと思う。
けれど、そうしたら、家に着いたら終わってしまう。
シンデレラは王子さまが探してくれたけれど。
自分はシンデレラじゃない。大輔が探してくれることはない。
もう終わり?
立たなきゃと思うのに、陸は体が動かなかった。
「陸?」
大輔が怪訝そうな声を出す。
自分が独り占めできる人でもなかった。大輔には大輔の仕事がある。
刻々と過ぎる時間を無駄にさせちゃいけない。
でも――。
「陸?」
近づいてくる大輔の足音がした。
なんでなんだろうと思う。
同じ顔をした人は好きになると言ってくれた。なのに距離は少しも縮まらない。
「陸? どうかしたのか?」
そう、その声で好きだと言ってくれた。
「陸?」
大きな手が頭を撫でる。
その手で抱きしめてくれたんだ。なのに――。
「環に何か言われたのか?」
大輔の口からでたのは、大輔が一番気にかけているやつの名前だった。
酷い言葉を浴びせられたわけではない、けれど、何も言われていないとも言えない。そして、言われたことは大輔には言えないことだった。言えば大輔に迷惑を
かけることだけははっきりし
ている。
「……ただ、ちょっと気が抜けて――」
ほっとしたことも事実だった。机や椅子を蹴飛ばされるあの喧騒ももう聞くことはないだろう。
「そっか……」
大輔が安心したようにため息をつく。
「……僕、もうすこししたら帰るから、大輔さんは――」
陸は次に言おうとする言葉を躊躇った。
仕事に戻ってください――そう言ったら、きっと大輔は行ってしまって、もう会えないかもしれない。
「急ぐことはないよ。落ち着くまで待ってるから」
かけられる言葉に。
どうしてこの人はこんなに優しいのだろうと思う。
「でも仕事――」
いつも署にのほほんとしている人じゃない。
陸はゆっくりと顔をあげた。
「今日は休みだし、環たちも大人しく家に帰るみたいだし、急ぐことはないさ」
――休み?
「休み、なの?」
少し驚いた。
「驚くことないだろ。俺にだって休みくらいあるよ」
不服そうに口にする。
気が楽になってわがままが顔を出してきた。
もう少し時間を占領してもいいかな? と思う。
もう迷惑はかけないし付きまとったりするのもやめる。
せめて気持ちだけは伝えたい。
目の前にある大輔の顔を見つめて。
「あ……」
言葉はでてこなかった。
「何か言いたいことがあるのか?」
大輔が怪訝そうな顔をして首を傾げる。
喉元まで来ている言葉がその先へ行くことを拒む。
言ってしまったら本当に終わりになってしまうかもしれない。
普通、告白というものは異性にするものだ。
「ここじゃ、言えないことか?」
目を細めた大輔に陸は顔を伏せた。
言いたいと思うのに言葉がでてこない。陸が知っているいる限り大輔はノーマルだった。
「じゃあ……」
大輔が小さくため息をこぼした。
「うちに来るか?」
――え?
体がぴくんと反応した。
「いいの?」
陸が見上げると大きな手が頭を撫でる。
「狭いし、きたいないぞ」
「そんなこと……」
実際どうかは別にして、大輔の家なら特別だ。
「二週間よくがんばったからな。どっかで腹ごしらえしてから行こう。何が食べたい?」
「なんでも……」
胸がいっぱいになってきて、何も欲しいものはなかった。
「じゃあ、家に連絡しとけ」
大輔が携帯電話を差し出してくる。
「……うん」
大輔の手から携帯電話を受け取って両手で抱きしめた。
「陸?」
大輔が不思議そうな声を出す。
「ごめん……なさい。ちょっだけ待って……」
胸がいっぱいで陸はとても家で電話できる状態じゃなかった。
家に電話をした後で、中華料理店へ行った。
陸が中華丼を頼むと、大輔は八宝菜の定食と餃子を頼んだ。
「育ち盛りだろ? それでいいのか?」
と大輔は訝しげだったけれど。
陸にすれば飲み込み易そうだと思って頼んだものだった。
テーブルに置かれた皿を見て。
「似たようなもんだな」
と大輔は笑ったけれど、量が違うと思った。
それでも。
なかなか進まなくて最後は無理やり詰め込んだ。
「行くか?」
大輔の言葉に陸は頷きながら喉をごくりと鳴らした。
こんなチャンスはもう二度ととないと思う。
仕事場である署とは駅をはさんで反対側の歩いて十分ちょっと先に大輔の住んでいるアパートはあった。
一見古そうな、というか実際古いと思うそのアパートの階段をかつんかつんと高い金属音を響かせて上ると、一番奥を残し三番目のドアの前で大輔は止まった。
「ここ」
大輔が親指でドアを示す。
「うん」
陸はとくんとくんと弾んでくる胸を感じた。