「陸……」
呼ばれて顔を向けると、心配そうな良太の顔があった。
「大丈夫だよ。まだ好きにされると決まったわけじゃないんだから」
結果はでていない。
それは、酷く低い確率で、絶対ないと断言してもいいようなことだけれど、まだ決まったわけじゃない。
「陸は強いね……」
良太が眉根を寄せる。
「そんなことないよ」
現実から逃げているだけだ。その日が来ると分かっていながら考えないようにして、別のものを見ている。
でも、それも今日で終わり。
最後だからいつもより丁寧に机を拭いた。


いつもなら片付けが終わるとすぐ部屋を出ていく良太が、今日は陸の目の前で顔を伏せかばんを手に佇んでいた。
「ありがとう……」
陸は良太に感謝の言葉をかけた。
それは、ちゃんと言うことに耳を傾けてくれて、片付けの手伝いまでしてくれたことへ。
面倒なことに巻き込んでしまったのかもしれない。
でも、それは良太のためになると信じたかった。
「ううん」
良太がかぶりを振る。
「ありがとうを言わなきゃいけないのは僕の方だよ」
良太がゆっくりと顔をあげた。
「僕はどうせ馬鹿だって諦めてた。みんなに馬鹿だって言われて、両親や弟に馬鹿にされて、僕はやったってだめだって思ってた。でも、やればできるようにな るんだね。そりゃあ、一番なんて無理だけど……きっと、10番以内も無理だけど、だけど……」
良太の瞳が微かに潤んでいた。
「うん――」
少し感動していた。
わがままが無駄じゃなかったのかな、そうあって欲しいと陸は思った。
「環にやめてもらうように言ってみるよ。僕の言うことなんて、きっと聞いてくれなくて、でも――」
「ううん」
陸は良太の言葉を遮った。
「大丈夫。心配しないで。僕には大輔さんが付いていてくれるから。大輔さんが話しをつけてくれることになってるんだ」
言いながら陸は少し良心が疼いた。
確かにそうも言ったけれど、それはもっと前の話で今更なことだ。
良太は、え? と一瞬不思議そうな顔をして。
「そっか。だからずっと居てくれたんだ」
納得したような顔をした。
「うん。だから大丈夫」
被害者を増やすことはない。
良太には悪いけれど、環が良太の言うことを聞くとは思えなかった。巻き添えにしてしまったら、きっと、大輔に呆れられる。そう思った。
「良かった……」
良太はまた顔を伏せ、独り言のように言った。
もう会うことはないだろうと思う。
「だから、がんばってね」
良太にはがんばって欲しいと思う。
「うん。なんか授業が分かってきたんだ」
「ほんと?」
「うん。指されて、答えられたりして。先生もそうだけど、周りも驚いてた。なんか、気持ちよかったよ」
「うんうん。そういうときって気持ちいいよね」
一見難しそうな問題がきれいに解けたときはうれしい。解けるはずだ。意図をもって作られた問題なのだから。
「うん」
うなづいた良太に陸は仲間になったような気がした。
最後の最後でちょっと勿体なかった気もするけれど。
決められた期間は二週間だった。それでも、大輔が手を尽くしてくれたのだと思う。
「もう、陸に会えなくなるのは寂しいけど、僕なんて、友達になんて言ったら迷惑だよね……」
おずおずと良太が口にする。
「なんで? 僕は友達だと思ってたのに……」
たった一人の味方だと思っていた。
良太はふっと驚いたような顔をした。
「ほんとに?」
「うん」
良太がいてくれて救われたことは多い。今も。ほっとできる気持ちがあるのは良太だけは分かってくれたと思うからだと思う。
もし、良太がいなければ虚しい気持ちだけだったような気がした。
「また、会いたいな……」
顔をうかがおうとする良太に陸は笑ってうなづいた。
いてくれてよかったと本気で思ったから。


なかなか大輔は戻ってきてくれなかった。
陸は手近な椅子を引くと腰を下ろした。
一人ぽつんと部屋に残されると嫌なことばかり考えてしまう。先のことだと考えていたことは、確実にやってくるみたいだった。
十数人に好きにされるということが現実としてよく分からない。
囲まれてぼこぼこに殴られたり蹴られたりするのだろうかと思う。
机や椅子にしていたように。
ろくに鍛えていない体はすぐに悲鳴をあげるだろう。
大輔が知っているのだから自分がどうにかされたらすぐに相手は環だと分かる。そんな状態で、そんなに派手なことはしないんじゃないかとも思える。
捕まりたくはないだろうと思う。
それは、甘いのだろうか?
環は楽しみだと言った。
その場を押さえられなければ、いくらでも言い逃れはできるということかもしれない。
環は馬鹿じゃない――。
何かをしかけてくるかもしれないと思うそれはひどく漠然としたものだった。


環を追いかけていったらしい大輔はなかなか戻ってこなかった。
何も待っていることはない。部屋に顔を出して大塚さんに帰ると告げれば済むことだった。
まだそれほど遅い時間じゃない。嫌な顔ひとつせず毎日送ってくれたのも、大輔の優しさだと思う。
ほんの思いつきは大輔にしたら迷惑でしかなかったのかもしれない。ならば、これ以上迷惑をかけないうちにさっさと帰ればいいのに、体は動かない。
――もう会えないかもしれない
ただでさえ捕まえるのが大変な人だった。
その人を二週間も独り占めしてきた。その魔法は今日とける。
そして、一週間後にはぼろぼろになって。
そうしたら、きっと、もう会えない。会いになんてこれない。
今日が最後かもしれない。

好きになるよ、と言ってくれたその人は違う世界の人だった。けれど、話す言葉は違っても、顔も声も雰囲気も、どこをとっても同じとしか思えない人だった。
また諦めるのは嫌だと思う。
環たちがいたとは別世界のように静まって時計の音さえ響くような部屋に、段々と大きくなってくる足音が聞こえてきた。

back | top | next

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル