陸の周りに環のような人種はいなかった。

品行方正、優秀で将来を宿望されているやつらばかりじゃない。
隠れて悪いことをやっているやつらはいる。教師のいないところでゴムや雑誌が飛び交っている時もある。
けれど、それを表ざたにすれば自分に不利だと知っている。
所謂有名大学に進学すればいい、それが教師と生徒と親の全てに利益になる。そんな共通認識で回っている世界だ。成績がよければ、教師も親もある程度のこと は目を瞑る。そうやって自由を手に入れる。
環のやっていることは、その陸の常識からまったくかけ離れたところにある。
大人しく学校行きゃいいじゃん、と思う。
授業が嫌なら寝てるとか、本読んでるとか、携帯でゲームでもやってりゃいい。
それも嫌なら――――。

「学校が面白くなんか、なるわけないだろっ」
環は吐き出すように言った後、足元に転がっている机をガンっと蹴った。
机を蹴ったところで学校は面白くはならない――――と、まあ、そんなことを言っても無駄だろうと思う。
「でも、面白くなれば行く、でしょう?」
ちょっと様子をうかがう。顔を見たことはあっても、声を聞いたこともあっても、話をしたことは初めてだった。
「陸、廊下で待ってろ。すぐ行くから」
大輔が会話に入ってきた。
大輔は陸に環のようなやつらと係わり合いを持って欲しくないらしい。
それは、当然といえば当然だと思う。
「待てよ。面白い話になりそうじゃん」
環は大輔が止めようとしたことに興味を持ったようだった。にへらとした顔をして陸を見る。細い眉毛がくっとあがって笑うと気味が悪い。
「お前が面白くしてくれるっての?」
言いながら環は陸を上から下まで舐めまわすように見る。
「僕ができるのは手伝いだけだけど……絶対面白くなると思うよ」
自信はないが、ちょっと強気に出た。足元を見られたらやりづらくなる。
「へえ〜」
環の表情は半分以上のってきていた。
「陸、やめとけ」
大輔が眉間に皺を寄せる。陸が今まで見たことがない険しい表情だった。
けれど、相手が相手だからこそもう後戻りはできないと陸は思った。
「うるさいな。今、面白そうな話してんだよっ」
環が横目で大輔を見る。
なんで、こんなやつに拘わるんだよと思う。思ってくれる人の気持ちも分からないやつだ。

「で、どうするっての?」
環の目は興味津々と言う風体で光っていた。
「急に勉強ができるようになって、教師の唖然とした顔を見たら面白いと思わない?」
憂さ晴らしは教師相手にするのが一番安全で手っ取り早い。
教師の間違いを突付いたり、こんな問題解けないだろうと得意そうに出してくる教師の鼻を明かしてやるのは気持ちいい。
夜繁華街を徘徊するより、ずっと健康的だ。

「はん」
環は鼻で笑った。
「お前、ばかじゃね。急に勉強なんてできるようになるわけないだろ」
「だから、僕が教えるよ。数学だけなら、次の試験で学年で10位以内で、どう?」
ちょっと大きくですぎたかな、とは思った。けれど、餌は大きければ大きいほどいいはずだ。
環がどこの学校へ通っているかは知らなかった。たぶん公立だろうと思う。陸は高校受験をしていないから、公立高校の制服は知らない。
けれど、そんなにレベルが高いところではないだろうと踏んだ。それなら、なんとかなる。
「おい、陸。無理するな」
大輔がちゃちゃを入れる。
「そんなこと関係ないよな」
環が薄ら笑いを浮かべる。
大輔があわてているような気配が嬉しいらしい。


「大丈夫だよ、大輔さん」
環ではなく、陸は大輔に答えた。それにかちんと来たらしく、環が顔を歪める。
「で、もし10位以内に入れなかったらどうすんだよっ」
環が苦々しい声をだしてくる。
「陸!」
大輔が向こうに行ってろ、というように顎をしゃくりあげた仕草をした。
「気の済むように……殴るなり蹴るなり環さんの好きにしていいよ」
最初から素直に乗ってくるとは思っていなかった。条件を出してくるのは想定内だ。
「陸っ」
大輔はあわてて席を立つと、環との間に立ち、陸の体を後ろへ向かせようとした。
触れてきた大輔の手は大きかった。
何回も名前を呼んでくれたし、今日は嬉しいことばかりだと思った。
「ちょっと待てよ!」
環も席を立って、大輔との間に入ってくる。
間近に環の顔があって、ヤニくささに、うげっと思った。
「面白そうじゃん」
環がにたにたと笑う。
「そんなのは無しだ。無し!」
大輔が頭を振る。
「そんなことないよなあ」
環は相変わらずにたにたしていた。
喋るなよ!、と陸は思った。環が息を吐くと、ヤニくささにうげっとなる。
「言ったことは守るよ」
今更、引けない。
「よし、乗った!」
「陸っ!環も待てよ!」
大輔はあわてていた。
「大丈夫だよ、大輔さん」
肩に触れている大輔の手に陸は自分の手を重ねた。
「その代わり、テストまではちゃんと学校に行って試験範囲を教えてよ」
試験の時期も範囲も学校によって違う。あてが外れたことをやっても意味がない。
「それと、今までのテスト問題。授業中のノートがあれば、もっといいけど……」
それはちょっと無理かな、と思った。今まで試験を受けていたかどうかさえ疑問だ。
「それで、10位以内なんだな」
念を押すように環が言う。
「うん。放課後、ここで僕が教える――――いいでしょう?大輔さん」
陸が大輔に向かって言うと、少し躊躇った後大輔は苦虫を潰したような顔で頷いた。
「よしっ!明日待ってるぜ。じゃあな」
ここに連れてこられたときとは百八十度違う不気味な笑顔を振りまいて、環は部屋をさっさと出ていった。
ばたんと部屋が閉まる音の後、背後で大輔が大きく息を吐いた。
「お前な――――」
肩に乗せられた手が重くなったように感じた。
「大丈夫、心配しないで」
心配してもらうことは本意じゃない。
どうなるのかまったく不安がないわけじゃない。
ただ、一つだけ確実なことがあった。試験が終わるまで大輔は環を捜しに行くことはなくなる。

back | top | next

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル