試験前も一週間を切ると、教室の空気が陰湿になる。
昼休みもあと少しで終わるという時間、思い思いに過ごしたところから教室へ戻って来て、教室が一番ざわざわする時間でもある。
「ああ、もう。なんか面白いことねーかな」
斉木が叫ぶ。
「なあ、テスト終わったら、DVDレンタルしてきて愛ちゃんの上映会でもやらないか?」
答えたのは哲平だった。
「いいね、それ」
口を挟んできたのは加藤で。
哲平がこちらを向いたと思ったら、
「お前は興味ないだろ?」
先回りするように言われて、
「あ、うん」
智也は頷いた。
確かに興味はなくて、でも、いつもなら、偶にはいいだろ、と誘ってくる。
何か仲間はずれにされたようで、智也は少し面白くなかった。
三人だった輪が四人五人と増えていって、誰の家でやるかとか時間は?とか、わいわいとやっているのを、智也は自分の席に座って眺めていた。
大きな声で話しているから会話は筒抜けで、試験の最終日、斉木の家で一泊、ということに決まったらしかった。
遼平は三日に一度は電話をかけてきてくれて、けれど、三十円までと決めたと言った。大きなブザーの音が終わりの印で、満足だと言える時間ではないけれ
ど、声を聞くだけでもほっとする。
哲平たちの話を聞いていて、智也はもしかしたら? と思った。
愛ちゃんの上映会をやると言っていた日、哲平は家にいない。
その日なら会える?
今度遼平から電話がかかってきたら、言ってみようと思った。試験の結果はまだ出ていないけれど、めったにないチャンスだと思った。
智也はちらっと携帯に視線を向けた。
家に帰ってきてから何度目になるか分からない。呼び出し音が鳴る設定にしてあるから、電話がかかってきたら分かるはずだと思うのに、もしかしたら、と
思って設定を見直した。
ちゃんと通常モードになっていて、呼び出し音が鳴る設定になっている。
待ち人来たらずとはよく言うから、いっそ忘れた方がいいと思うのに、頭は言うことを聞かない。
会えるかもしれないと思ったら落ち着かなかった。早く約束を取り付けてしまいたいと思う。遼平が先に何か約束を入れてしまうかもしれない。そういえば、
と、遼平の大学へ会いに行った時、周りを取り囲む中に綺麗な人がいたよなと思い出し、あの時は何も聞かなかったけれど、どういう関係か分からなくて、会え
ないうちに誰かと付き合い始めたら、と思うと余計に落ち着かなくなる。
――信じるって決めたんだから
それに。
試験で惨憺たる結果を出したら、あわせる顔がない。
――集中しなきゃ
参考書に視線を向けても、文字が頭の中にすんなり入ってこなかった。
そんな時。
携帯の音が突然鳴り出して、智也はどきっと体が跳ねた。
慌てて携帯を取って開くと、それは哲平の自宅からだった。
――家電から?
ごくりと喉を鳴らすと、ラインを繋いだ。
「智也? 俺」
聞きなれた声が携帯から流れる。
「……哲平?」
遼平に似ているけれど、少し違う。
なんで? と疑問が智也の頭を過ぎった。家の電話からなんてかけてきたことはない。
「ああ、ちょっと気になったことがあってさ」
「え? 携帯は?」
ついっと出てきた疑問だった。
「え、あ、今充電中でさ。忘れないうちにって思って」
「あ……そうなんだ。何?」
明日も学校で会う。電話でわざわざ言ってこなきゃいけないことに心当たりは無かった。
「今日言ってた愛ちゃんの上映会のこと」
「あ、うん」
話は大方聞いていた。
「もしかしたら、お前も来たい?」
「ううん。そんなことないけど……」
興味がないことを哲平は知っているし、学校で一応聞かれて断ったはずだ。
「なんか、お前だけ仲間はずれにしちゃったかな、と思ってさ」
「そんなことないよ。哲平は声をかけてくれたじゃないか」
声のかけ方が断ること前提のようだったけれど、ちゃんと声はかけてくれたし、行きたかったらそう言えば仲間に入れてくれたはずだ。
「それならいいんだけどさ。じゃあ、明日な」
「……うん」
智也が返事をすると、電話はぴっと音を鳴らして切れた。
――それだけ?
なんとなく釈然としない気持ちが残って、けれど、確かにいつもと誘い方が違ったからそれを気にしていたのかな、と漠然と思った。
不思議なもので哲平と話したら少し気持ちが落ち着いた。まだ日にちはあるし、既に予定が入っていても少し我侭言ってみようかななんて気になった。それに
は、それなりの結果も出しておかないと言いづらい。
「やらなきゃ」
また、感心しないなんて言われたくない。
一ページほど進むと、また携帯が鳴った。
「あ」
もしかしたら、なんて思う。
けれど携帯を開いて、がっかりした。また哲平の自宅からで、哲平がいるはずだから遼平が家から電話してくることはないと思う。
「なんだろ」
ラインを繋ぐと、
「智也?」
聞こえてきた声に智也は胸が熱くなった。
「遼平さん? 哲平は?」
ついさっき同じ電話からかけてきた。夜も更けた時間にどこかへ出かけるのは考えづらい。
「え、ああ、今、風呂に入ってるよ」
「あ、そうなんだ」
自分の声が震えているのを智也は感じた。
「だから、とりあえず、用件だけな」
「うん!」
ほんの一言でも声も聞けたら嬉しい。
「試験の最終日、哲平はどこかへ泊まりに行くみたいだから、うちに来るか?」
――え?
それは自分が言いたかったことだった。
「うんっ! いいの? でも、行きたい! 会いたい!」
言葉が次々出てくる。
「哲平は学校の帰りにそのまま行くみたいだな。俺は午後からなら家にいるから、いつでも来ていいよ。なんなら、泊まっていくか?」
「え、いいの?」
ちょっと驚いた。
「ちょうど、親がいないんだ。お前さえ――」
「うんっ」
遼平の言葉を遮るように、智也は返事をした。遼平に対する親の信頼はばっちりだから、泊り込みで復習するって言ったら反対するわけがない。
「じゃあ、待ってるから」
「うんっ!」
「試験、がんばれよ」
「うんっ!」
「じゃあな」
「あ、うん、あ――」
智也がまだ言いたいことがあったのに、ラインは切れ電話は耳障りな音を流してきた。
「……仕方ないよ」
せっかくかけてきてくれた電話だったけれど、少し不満が残った。
いつもは『愛してる』って言ってくれるのに、それは無かった。家の中で誰に聞かれるか分からないからそれも仕方ない。
「でも、いいや」
一晩一緒に過ごせるなんて初めてのことだった。
「がんばろっ」
褒めてもらいたい。
一緒に喜んでもくれる。
文句の言えない成績をとっていっぱいわがまま言って困らせてやる、とも思う。
今度会えるのはいつなんだろうと暗くもなったけれど、朝日が差してきたみたいに心の中が明るく温かくなってくるのを智也は感じていた。
――会えるんだ
卓上カレンダーを手に取ると、智也は試験最終日に大きく丸を書いた。