月曜日はなんとなく落ち着かない。
それはいつものことだけれど、智也はいつも以上に重い気持ちを感じていた。
昨日、哲平はメールをくれたけれど、遼平はメールも電話もくれなかった。
どうしてる?
何を考えてる?
どう思ってくれてる?
聞きたいことは山ほどあるのに、自分からは携帯に電話することもできなくて、重く沈んだ不安を晴らすことができなかった。
教室に入ると、もう哲平が来ていた。
「おはよ」
智也はにこっと笑顔を作った。
もう気にしていない、そう哲平に思ってもらえれば遼平に対する風当たりも弱くなるんじゃないかと思う。
哲平がほっとしたような笑顔になった。
近寄ってきた哲平にぎゅっと抱きしめられた。
「良かった」
哲平が溜息と共に口にする。
「ごめんね、心配かけて。もう大丈夫だから。だから、もう遼平さんとは仲直りして」
お互いにお互いを尊敬しているところがあって、智也にすれば理想の兄弟だった。
「そんなわけにいくかよ」
哲平が吐き捨てるように言い、ポケットから携帯を出した。
それを見て、智也は顔が強張った。
「取り上げておいた」
哲平が冷たい声で言う。
「あ……無かったら不便じゃないの?」
メールも電話も来ないわけだ。電話番号はアドレス帳とか履歴を頼っているから、本体が無くなってしまえば分からなくなってしまう。
「そんなの自業自得だろ。履歴とアドレス帳を消しただけじゃ心配だったからな」
哲平が携帯を開く。
――あ……
智也は心臓がどくんと弾んだ。履歴を見られたら哲平と別れた後に遼平の携帯にかけたことがばれてしまう。
「だけど、履歴を消そうと思ったら、何もないでやんの。履歴を見られちゃマズイことでもしてんのか、とにかく、もう近づかない方がいいよ」
メニューを履歴にあわせて画面を見せてくる。哲平の言った通り何もなかった。
「な?」
哲平に催促されて、智也は無言で頷いた。
携帯にかけたことは知られずに済んだ。けれど、携帯が遼平の手にないということは連絡する手段が無くなったということだった。
その後、哲平が何を言っていたのか、智也は頭の中を声が通り過ぎていくだけで言葉として認識できなかった。
たった一つ繋がりを持てるものだった。自分からかけることはできなくても、哲平がいないときに遼平からかけてくれることはあると信じていた。
「な?」
哲平に念を押されて、訳も分からず智也は頷いていた。
――もう、声を聞くこともできない?
試験の成績が良かったらと約束したことさえ、飛んでいってしまったようだった。
「熱はないけどねえ。顔色はちょっと悪いわね」
白衣を着た校医が眼鏡に手をかけてじろっと見てきた。まだ若い女の校医は去年智也達の入学と同時にこの学校へ来たらしい。長い髪を後ろで一つの団子にま
とめていた。どちらかというと地味な感じで、ピンクの縁の眼鏡がやぼったい。
「頭が少し痛いんです。帰ってもいいですか?」
智也は五時限目の途中で気分が悪いと教室から出てきた。保健室まで連れてきてくれた保健委員は校医に戻っていいと言われて、保健室を出て
行った。
「ん――」
校医が難しい顔をする。
「帰りたいの?」
意味ありげな顔で見てきた。
「そういうわけじゃないですけど……」
なんとなくばつが悪くて、智也は顔を伏せた。
校医が手首を掴んでくる。
「少し脈が速いわね」
溜息まじりに言い、
「次は何の教科?」
探るように聞いてくる。
「体育です」
好きとはお世辞にも言えないが嫌いなわけじゃない。
「あっ、そ」
校医は少し拍子抜けしたみたいだった。
「よくいるのよね。次の時間当てられそうだから、ここで寝かせてくれってやつがさ」
呆れたように続ける。
「そういうんじゃなさそうね」
と、まるでふうんと言いたげなのは仮病だとばれているのだろうと思う。
「いいわよ。明日ちゃんと学校に来るなら」
校医はくるっと椅子を回し、机に向いた。
保健室に来ることはなくて、校医の顔もあまり見ることもない。話をしたのは初めてで、けれど、そんなに話が分からない人じゃなさそうだと思った。
「あの……」
智也が声をかけると、顔を向けてくる。
「何?」
「次の授業が始まるまで、ここに居てもいいですか?」
今すぐに帰れと言われたら教室まで鞄を取りにいかなきゃいけない。
哲平に会うとマズイ。メールくらいはいれておこうと思うけれど、面と向かって嘘を並べなきゃいけないのは気が引けた。
「いいわよ。どうせ、もうチャイムが鳴るわ」
校医がそう言った途端、授業終了を知らせるチャイムが鳴り始めた。
「彼女から呼び出しでもあったの?」
校医が何か書類を書きながら聞いてくる。
智也は少しどきっとした。
「そんな。僕、彼女なんかいないし……」
呼び出しがあったわけじゃない。あるはずがない。
「まあ、今どきの子は見る目ないのね。それとも、君の理想が高いのかな」
意味ありげな顔で見てくる。
「出会いもないし」
それは事実で。
右を見ても左を見ても男ばかりで、通学電車の中で声をかける勇気もなければ、かけたいと思う子もいなかった。
「ふうん」
と校医は納得していないような返事をしてきて、何か言いかけるように口を開きかけたとき、ドアをノックする音がした。
そして、
「すいません」
哲平の声が飛び込んできた。
「大丈夫か?」
少し息を弾ませて、哲平が近づいてくる。
「あ、うん。大丈夫……」
着替えをしなければいけないから、保健室に寄る時間なんてないと思っていた。
「熱があるのか?」
机の上の体温計が視界に入ったらしく聞いてくる。
「少しね」
答えたのは校医だった。
そして、体温計を手に取ると、ケースの中にしまった。
「今晩よく寝れば大丈夫よ」
校医が哲平に向き、にこっと笑う。
「そっか、良かった。じゃあ、後でな」
手を軽く上げると、哲平は保健室を出ていった。
着替えの時間やら準備の時間やら考えると余裕はないはずだった。
「良い友達ね」
そう言って校医は笑い、
「でも、先に帰るの?」
うかがうように見てくる。
「……はい」
智也はこくんと頷いた。
「そう」
軽く返事をして、その後、校医は何も聞いてこなかった。
遼平に会いたかった。
今日一日誰の声も頭の中に入ってこなかった。
たった一つ繋がっていると思っていたものが切られてしまって、連絡手段がない今会えるかどうかも分からない。
それでも、ただじっと待っていることなんてできなかった。