哲平との約束
大好きな人の腕の中はどうしてこんなに心地良いのだろう。
時間はあっという間に過ぎていく。
手が唇が触れるところが熱くなって、溶けていきそうになる。
公にできない関係で、会うことさえ制限がある。
だから。
溶けてもいいや、とさえ思う。
ずっと一緒に居られるのなら――。
カチャっと遠くでドアが開く音がした。
そして、
「ただいま〜」
哲平の疲れたらしい間延びした声が続いた。
「ん……」
智也は自分を組み敷く遼平の体を押した。
「哲平、帰ってきたみたいだよ」
そろそろだとは思っていた。
智也は毎週土曜日は遼平の部屋で勉強を教えてもらっていた。けれど、ただ、勉強を教えてもらっているだけじゃ物足りなくて、ベッド
に押し倒されてしまうのはよくあることだ。
触れ合っていることが心地よくて、離れたくなくて、何が目的で会っているのか分からなくなってくる。衣服を挟んで硬くなっているものが分かる。自分に感
じてくれているんだと思うと智也は安心した。十分に優しくしてくれるけれど、それはいくらでも繕えることで、体で感じるものはやっぱり違う。
「大丈夫だよ。どうせ、居間に直行して上に上がってくるのは何かを口に入れてからだろ。それに、ノックぐらいするさ」
遼平が耳元で囁くように言い、そのまま唇でちゅっと触れてくる。
洋服を着たままじゃれあっているだけで、テーブルの上は勉強していたときのまま問題集もノートも開いたままだから、場を繕うのは大したことじゃない。
「それとも、もう終わりにしたいのか?」
熱い息が頬を掠めた。
「そうじゃないよ」
智也は遼平の首に腕を回した。
できることなら、着ているものを全て脱いで肌で触れ合いたい。けれど、それは難しいことは分かっていた。
「でも、哲平にこんなところ見られたら、軽蔑されちゃうよね」
智也は首に回した腕に力を入れて遼平を抱き寄せた。
恋人であることを大切な友達には言えなかった。
「テスト終わったら、遠出しようか」
遼平が囁きかけてくる。
「ホント?」
ここしばらく、遼平のレポートが忙しかったりして遊びに連れていってもらっていない。
「但し、理由にできる点取ってくれよ?」
遼平の手が前髪をかきあげる。
一緒にいたいからがんばれる。成績は着実に上がった。
「うん。まかせてよ」
智也は自分から遼平の唇に触れた。
初めキスを嫌がったことが嘘みたいだった。一度触れたら離れたくなくなる。最初は自分から触れたのに主導権はいつの間にか遼平に取られていて、されるま
ま、意識が蕩けかけていた。
そんな時、トントンとドアを軽くノックする音がした。
――哲平?
どきっとした心臓は一度止まりそうになって、離れていった唇が寂しかった。
「てっ……」
怪訝そうな顔をした遼平が声をだした途端、ドアがバタンと開いた。
「駅前のケ――」
そう哲平の暢気ような声が聞こえて智也が思わず顔を向けると、ケーキが入っているのだろう箱を掲げて声を詰まらせた哲平がドアの脇で呆然とした顔をして
いた。
一瞬空気が固まった。時間も止まった。心臓も止まった。
「何やってんだよっ!」
最初に声を出したのは哲平だった。
「……良いところだったのに」
溜息混じりに言いながら遼平が体を起しベッドから離れると机の椅子に座った。智也も少し開かれた胸元を手で押さえて起き上がった。
――どうすればいい?
智也は喉をごくりと鳴らせた。
頭が真っ白で声もでなかった。
「ナイトが助けに来たみたいだな」
遼平が見てきた。その目がお前は何も言うなと言っているように智也には見えた。
「かわいいからちょっと構ってやろうと思っただけだよ。男同士なんだから、別にいいだろ? それぐらい」
遼平が哲平の方へ顔を向けた。
「何言ってんだよっ!」
叫ぶ哲平の声が震えていた。
智也は思わず顔を伏せた。哲平が怒っていることは顔からも声からも分かった。
「こいつは、ついこの間ストーカーに追いかけられて怖い思いしたばっかりなんだぞ。男同士だからって良いわけないだろっ!」
哲平が吐き捨てるように続ける。
もうやめて――そう言いたくても智也は声がでなかった。
遼平を庇ったら関係がばれてしまう。哲平には一番知られたくなかった。
付き合っているんだ、恋人なんだと言えたらどんなにいいだろうと思う。
けれど。
「そんなに怒ることないだろ。まだ、何もしてないんだから」
遼平がしらっとした態度で言う。
たぶん、遼平は自分が悪者になるつもりなんだろうと智也は思った。
哲平に知られたくないことを分かっているから。
――僕の為に
「当たり前だろっ」
遼平に吐き捨てるように言い、哲平はベッドに近づいてくると手を握ってきた。
「大丈夫か?」
上から哲平の声が落ちてくる。それは、遼平に対するものとは違って暖かかった。
そんなつもりはなかったのに、智也は突然溢れてきた涙が一粒頬に零れた。
遼平も哲平も自分のことを考えてくれている。どちらも大切な恋人であり友達だった。
「もう、大丈夫だ。あんな兄貴に任せた俺が悪かったんだよ」
哲平が抱き上げるようにベッドから立たせてくれた。
――どうしよう
このままだと遼平が悪者になってしまう。だからと言って、付き合っていることを告白する勇気が智也は無かった。
どうすればいい?
智也が遼平をちらっと見ると、遼平は気にするなと言うように小さく頭を振り笑ってくれた。哲平が遼平の方へ顔を向けると、遼平がふてくされたような表情
になる。
「またこいつに手を出すようなことがあったら許さないからな!」
哲平が叫ぶと、遼平はしれっとした感じで顔を背けた。
「最低だなっ!」
哲平は軽蔑するような声を遼平に浴びせていた。
――やめて
そう叫びたかったけれど、智也は声が出なかった。
油断していた。幸せを感じる中でほんの少しあった不安が今、現実になっていた。