作戦を考えた。
デールが帰る時に、借りてきたシートを被って一緒に外にでれば、マキの管理する倉庫まで行ける。
で、入ったら移動装置探して起動して、まずノインを呼び出す。それからノインを説得して入れ替わり元の世界に帰る。
問題はマキがあの部屋にいないこと。でも、静まり返った部屋ではないから、見つからなければいいんじゃないかとも思う。隠れるところはたくさんありそう
だし。まず、シートを余分に取っておけばなんとかなるような気もする。
ただ、ノインは呼び出せる状態になっているかどうか。ノインが戻ってきてくれなきゃ話がループするだけだ。それでも一度戻って説得してみる価値はあるか
もしれない。
いつやるか。マキの予定が分かれば、計画も立てやすいけれど、本人に聞くわけにもいかない。
もし、マキに見つかった時にどう言えば怪しまれないで済むか。それだけ決めれば決行できそうだ。
気になったことがあったけど、忙しそうなマキの手を煩わせるのも気が引けたと言ってみようか――なんて考えてみる。あの時に勢いで借りてきてしまったシー
トはやっぱり気が引ける。気晴らしに建物の中を歩きたいってデールに言って部屋を出してもらえば済む問題なんじゃないかと思った。いっそのこと、シートが
すごい
面白そうだと思って持ってきちゃったけど、返しにきたって言ってみようかと思った。見つからなければそれで良し、見つかったところで、正直に言えばかえっ
て信用される――なんてことはないかもしれないが、下手ないいわけを並べるより良いように思えた。甘いかなあと思いながら、所詮自分で考えられることには
個性がでる。騙すようなことはできるだけしたくない。事実、シートを持ってきてしまってからはなんだか落ち着かなかった。
報告書を読むのをやめるとデールに伝えると、デールは「そうか」とだけ言った。何もすることがなくなったデールは窓際に立って、外を見ていた。横顔が寂
しそうに見えたのは、気のせいかはわからないけれど、ノインのことを考えているのかなとふと思った。
何かを始めなければいけないことは分っていたけれど、気持ちは廃棄物が置かれていた倉庫に向かっていていた。マキに連れていってもらった日から二晩寝て、
陸は決着をつけようと思った。あの部屋に夜行くのは避けたかった。昼食の後すぐがいい。朝、いつものようにデールが来てから、アリバイのためによくあくび
をするまねをした。
「眠いのか?」
デールが聞いてくる。
「う……ん。考え事してたら寝られなくて」
確かにそれは事実なんだけど、変な興奮があって、むしろ頭はさえている気がした。
食事をしながら、陸は切り出した。
「ごめんデール、もうだめ。僕はもう寝るから今日はもう帰っていいよ」
残りを手早く口に押し込むと、水で流した。目を擦りながら、食器を片付けて、「ごめん」と陸はもう一度言った。こんなお芝居がばれていないことを祈った。
嘘をつくことが心苦しい。だからと言って、デールに全てを話して協力してもらうことはできないと思う。デールに人を騙すことなんてできないと思う。デール
に知られればその上に知られてマキに知られるのも時間の問題だとも思う。全てを話した上でデールは戻してやって欲しいと頼んでくれるのだと思う。そういう
真っ正直なやり方で解決できるならいいけれど、きっとそうはならない。今にして思えば、マキは被害を最小に食い止めたということでは正しかったのだと思
う。この待遇にケチをつけることもない。ただ、理屈じゃわりきれないものがある。理解はできても感情はついていかない。
「俺ではお前を守ることはできない」
ぽつっとデールが言った。それは見過ごせない言葉だった。
「そんなことないよ。僕にはデールが必要だよ」
それは嘘じゃない。この世界では一番信じられる人だ。デールがかたんと席を立った。
「ごめん、眠いんだったよな。明日にしよう」
「デール、僕はデールじゃなきゃいやだよ」
ノインが戻ってくるまで、デールを守らなきゃいけない。のんびりしてられる時間はないのだと改めて思った。どうしたらいいのか分らなくて、デールの手を
取って握ったら驚くほど冷たかった。
「お前を眠れなくしてるのは俺が不甲斐ないからだろう? 」
デールは手を握り返してくる。
「デールがいなかったら、僕はきっと精神を保ってられなかったよ。今だって。一番安心するのはデールがいるからだ。だから、そんなこと言わないで」
デールが深く悩んでいることに気づかなかった。そんなこと気づく余裕はなかった。
「また、眠れなくさせてしまうな」
デールが自嘲する。
「俺はノインに甘えていたんだということを知ったよ。騙してたわけじゃない。大切に思ってくれていたんだということが、今になって分るなんてな。そうだ
な。陸、お前にも甘えているばかりじゃだめだな。一人で抱え込まないでくれ。明日から、一緒に考えていこう」
デールが今度は微笑むと頭を撫でる。最初の出会いの印象からか、子供扱いは変えられないらしい。
「約束だよ」
「ああ。ゆっくり休むといい。明日から忙しくなるから」
「うん。おやすみ」
少し心残りではあったけど、もう一度デールを手をぎゅっと握ると、陸は食堂を出た。準備をしなきゃいけない。
自分の部屋に戻って、ベッドを枕や毛布で膨らませて、例のシートを被って、出入り口の前で小さくなって待機した。デールが出る時に一緒に出なきゃいけな
い。早く終わらせなきゃいけない。
程なくして食堂から出て来たデールは一度実験室に戻り、少しすると出てきて、陸の部屋を静かに開けたので、いないことに気づかれないようにと陸は願っ
た。布団の膨らみで納得してくれたのか、すぐにドアをしめると、出入り口に向かってくる。デールの邪魔にならないようにと少し場所を移動した。見えなくて
も存在はするわけだから、ぶつかったらばれてしまう。
デールが近づくとドアが開き始めたので、通れるくらいに開いたら膝をついて這うように出た。出てしまえばこっちのものだ。デールは出てくると、振り返り
しばらく部屋の方を見ていた。自分のことばかりしか考えていなかったことに陸は申し訳なく思った。
(ごめんね。デール。そして、ありがとう)
通り過ぎるデールの横顔に心の中で話しかけた。うまくいけばもう会えない。そう思うと、少し心残りな気もする。でも、捩れてる関係がいいはずがない。
デールがエレベータの中に姿を消すと、陸はシートを取り、立ち上がって、小さく息をついた。小さな姿でいることは窮屈だった。シートを畳むと、両腕で抱
えた。深呼吸を一回して、前に進んだ。まずは、エレベータで20階まで行き、乗り換えて32階まで。その間、誰にも会わなかった。ドアの前に立って、脇に
触れるとテンキーがでてくる。パスを入力すると、ドアはカチッと開いた。ここまではスムーズだった。
ドアを開いて中に入ると、前来た時と同じようにざわざわした音が部屋の中に響いていた。
「マキ居る?」
いないことを願って声を出す。
「この間、面白そうだと思って持っていっちゃったものを返しに来たんだけど」
一応、言い訳を口にした。
しばらく答えを待っていたけど、返答はなかった。
「じゃあ、ちょっとお邪魔しますね」
実はもうお邪魔してるけど、やっぱ、無言は落ち着かない。
まず、台の上にシートを返した。そして、移動装置を探した。マキは今はいないみたいだけど、いつ帰ってくるかわからないから、作業は早くするに限る。廃
棄された装置は順番に並んでいたみたいだったと思ったら、その通り、部屋の奥の一番端に目当てらしきものがあった。目的を達成したみたいにドキドキして手
が震えてきたので、陸は手をぎゅっと握った。大切なのはこれからだ。足早に近づいて電源を入れると画面が明るくなる。前回電源を落とした時のままであった
らしい、見覚えのある画面がでてきた。対象の人物はいないみたいで、対象をノインにしてサーチした。ぽっかりと抜け落ちていた画面をふと思い出した。どう
してそうなっていたのかは分らないけれど、その時とは違うことを願った。ほどなく画面が変わって対象がピックアップされる。良かったと思って、震える手を
一度握ってからつまみ出すようにした。これでできるはずだ。ノインさえ帰ってきてくれれば終わったみたいなものだ。すぐに結果はでて、きょとんとした顔の
ノインが目の前にいた。
「良かった」
陸は思わず笑みが零れた。
ノインが装置から下りてくる。
「ここは? 装置は廃棄処分になったんじゃないの?」
「うん。だから、忍び込んで操作したんだ」
「陸が一人で?」
「うん。ノインに戻ってきて欲しくて。ううん。自分が戻りたかったんだ。だから、ノインに戻ってきて欲しいんだ」
このまま入れ替われば問題はないはずだ。
「それはいいけど、でも、デールはそれを望んでいないかも」
ノインが暗い顔をする。お互いに誤解しているらしい。
「そんなことないよ。嘘だと思うなら、しばらく僕の振りをしてみるといいよ。デールは離れてみて思うことがあったみたいだよ。なんか、とても後悔している
みたいだ」
今日の台詞はそういうことだと思う。
「ホント?」
ノインの顔が明るくなったことに、やっぱり捩れは戻るべきだと思い、大輔とは深い関係にはなってなかったのかなと思って陸はほっとした。
「うん。ここは、32階。20階で一度エレベータを替えて、部屋の階まで行けば戻れる。デールには今日は早く帰っていいって言ったんだけど、呼び出したら
すぐに来てくれると思うよ。部屋の入り方は分かる? 」
「それは分かる。手をかざせばいいはず」
「うん。マキが来るとまずいから、僕が帰れたらすぐにこの装置の電源落として欲しいんだ。そして、すぐに部屋を出た方がいい。ちょっとなごり惜しい気がす
るけど、元気でね。デールにばれちゃったら、ありがとうって伝えて」
いざとなると、このまま戻っていいのかなと思うけど、せっかくここまでうまくいったのだ。
ノインが急に視線を逸らした。何かまずいこと言っちゃったのかと思ったけど、時間はない。
「じゃあ、ノインお願い」
陸は視線を逸らしたままのノインに言うと、画面のモードを変えた。
「マキに見つかるとマズイって言ったよね」
ノインが言う。
「うん。だから、早く」
ターゲットは同じ場所で、移送を始動しようとした。
「もう遅かったみたいだよ」
ノインの声に陸が振り向くと、端末の陰にマキの姿が見えた。
「あ、でもさっき声をかけた時は反応はなかったのに」
あれから部屋が開いたことに気づかなかったのかもしれない。だけど、そんなに時間はかかっていない。まるで、まっすぐ部屋の奥へ来たみたいだ。
「ノインは部屋へ戻っていい。私は陸に話があるだけだ」
マキがにやけた顔で言う。
「ごめんなさい。部屋に無断で入ったことは謝る。だけど、ノインが戻ってきてくれたんだから、もういいでしょう? 僕がここにいる必要はないはずだよ」
陸は主張した。
そう。ノインを戻すことができない状況だったから、仕方ないとあの時は思った。そのノインがいるのだから問題はないはずだ。
「あの部屋に戻る必要はない。それだけだ。帰りたかったら帰ればいい。元恋人との別れは5分くらいでいいか? タッチひとつですぐにこちらに呼び戻すこと
はできるんだ。それは分かっているだろう? 」
影からでてきたマキは端末に寄りかかって言う。
「どうして?」
もしかすると、と思う。罠だったのかもしれない。大事なはずの部屋のパスを無防備に入れていたのも説明がつく。その簡単すぎる数字の羅列にも。
「話はノインが部屋を出てからにしよう。どうした、ノイン。君には関係ないことだ。早く部屋に戻ってデールを呼んだらいいんじゃないのか? 」
「そうだね。僕には関係ない。ここで陸がどんな目にあおうが、どんな気持ちになろうか、そのことで僕の待遇が変わるだけじゃないし、痛くも痒くもない」
ノインが言い切る。その言葉に陸は絶望的になった。自分がマキにかなうはずがない。そして、逃れることはできない。ノインが使っていた方法が知れればと
思ったけれど、今は違う状態だったことを考えれば、ただの偶然だったのかもしれないと思う。
「分かっているなら、なぜ、まるで陸を庇うみたいに前に立っているんだ」
マキが不思議そうな顔をする。
「なぜだろうね。自分でも分からない。ただ、このまま部屋に戻ったら後悔するような気がしてならないんだ」
「気のせいだ。すぐに忘れる。人なんてそんなものだ。それに、どうするつもりだ。ずっとにらみ合ってるつもりか。私が君たちにやられるようなことはないと
分かっているんだろう? 大人しく降参した方がいい。別に陸をおもちゃにしようと思ってるわけじゃない。大切に扱うよ。痛い思いも辛い思いもさせない。抵
抗しないならね」
「痛みは肉体だけが感じるものじゃない」
ノインが返す。
「で、どうしようと言うんだ」
マキの問いにノインは答えなかった。
たぶん、マキはシートを持ち出したことも全部知ってのこのこやって来るのを待っていたのだろう。甘かったと陸は思った。